スージー鈴木のロックンロールとしての日本文学

スージー鈴木のロックンロールとしての日本文学

スージー鈴木のロックンロールとしての日本文学 第24回

第24回 永井荷風『つゆのあとさき』と谷崎潤一郎と大貫妙子と木村充揮 スージー鈴木 実は、満を持して、村上春樹を取り上げようと思っていた。しかしあえなく挫折。こちらの準備や気概が足りなかったのか、ある初期2作品は身体が受け付けなかったのだ。...
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スージー鈴木のロックンロールとしての日本文学 第23回

第23回 テレサ・テン『別れの予感』と俵万智『サラダ記念日』の深くて青い関係 スージー鈴木 ここ最近ずっと、ある短歌のことを考えていた。1987年に爆発的なブームとなった歌集、俵万智『サラダ記念日』の中の、ある歌である。 私自身、当時まった...
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スージー鈴木のロックンロールとしての日本文学 第22回

第22回 井伏鱒二『山椒魚』とさだまさし『吸殻の風景』 スージー鈴木 謎が謎を呼ぶ『山椒魚』のオチ 連載第8回「江戸川乱歩『人間椅子』とさだまさし『風に立つライオン』」に続いて再度、さだまさしの歌詞の「オチ」の話をする。今回のお手合わせは、...
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スージー鈴木のロックンロールとしての日本文学 第21回

第21回 伊藤左千夫『野菊の墓』と松田聖子『SQUALL』をつなぐもの スージー鈴木 ちょうど120年前の「下手くそ」な小説 伊藤左千夫『野菊の墓』といえば松田聖子である。1981年の夏公開の映画『野菊の墓』。当時、圧倒的人気を得ていた松田...
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スージー鈴木のロックンロールとしての日本文学 第20回

第20回 芥川龍之介『蜘蛛の糸』を読みながら、笑ったり転んだり スージー鈴木 犍陀多目線で読み解く『蜘蛛の糸』 今回も芥川龍之介である。前回の『杜子春』も短かったが、こちらはさらに短い。文庫本でたったの6ページしかない。『杜子春』のついでに...
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スージー鈴木のロックンロールとしての日本文学 第19回

第19回 芥川龍之介『杜子春』と財津和夫の「履歴書」との関係 スージー鈴木 「私の履歴書」に魅せられた11月 この11月、日経新聞に連載された財津和夫「私の履歴書」がすこぶる面白かった。 いうまでもなく、誰もが知る人気バンド・チューリップの...
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スージー鈴木のロックンロールとしての日本文学 第18回

第18回 梶井基次郎『檸檬』が沢田研二によく似合う理由 スージー鈴木 メガネスーパーのCM 今回のテーマ、梶井基次郎の有名な短編小説『檸檬』(れもん)と、沢田研二には関係がある。 『檸檬』の舞台となった丸善の京都支店が当時、三条通麩屋町(ふ...
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スージー鈴木のロックンロールとしての日本文学 第17回

第17回 宮沢賢治『注文の多い料理店』とはっぴいえんど『風をあつめて』 スージー鈴木 今回は、宮沢賢治の童話短編集『注文の多い料理店』を取り上げる。1924年の作品。一般的には、音楽のアルバムでいうタイトルチューン、短編集の中にある同名のシ...
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スージー鈴木のロックンロールとしての日本文学 第16回

第16回 夏目漱石『私の個人主義』と「タモリの個人主義」 スージー鈴木 いよいよ夏目漱石を取り上げる。もっと早く取り上げるべきと思いつつ、実は一度『草枕』にチャレンジしたのだが、読みにくくって挫折したのだ。白状すると、代わりに漫画版を読んだ...
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スージー鈴木のロックンロールとしての日本文学 第15回

第15回 坂口安吾『堕落論』とユーミンと貧乏くささと スージー鈴木   ロックンローラー安吾のアンガー 坂口安吾の『堕落論』。1946年に発表されたという。つまりは戦後すぐ、戦禍の跡がまだ生々しく残っていたであろう頃に、この文章は、たいそう...