スージー鈴木のロックンロールとしての日本文学

スージー鈴木のロックンロールとしての日本文学

スージー鈴木のロックンロールとしての日本文学 第19回

第19回 芥川龍之介『杜子春』と財津和夫の「履歴書」との関係 スージー鈴木 「私の履歴書」に魅せられた11月 この11月、日経新聞に連載された財津和夫「私の履歴書」がすこぶる面白かった。 いうまでもなく、誰もが知る人気バンド・チューリップの...
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スージー鈴木のロックンロールとしての日本文学 第18回

第18回 梶井基次郎『檸檬』が沢田研二によく似合う理由 スージー鈴木 メガネスーパーのCM 今回のテーマ、梶井基次郎の有名な短編小説『檸檬』(れもん)と、沢田研二には関係がある。 『檸檬』の舞台となった丸善の京都支店が当時、三条通麩屋町(ふ...
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スージー鈴木のロックンロールとしての日本文学 第17回

第17回 宮沢賢治『注文の多い料理店』とはっぴいえんど『風をあつめて』 スージー鈴木 今回は、宮沢賢治の童話短編集『注文の多い料理店』を取り上げる。1924年の作品。一般的には、音楽のアルバムでいうタイトルチューン、短編集の中にある同名のシ...
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スージー鈴木のロックンロールとしての日本文学 第16回

第16回 夏目漱石『私の個人主義』と「タモリの個人主義」 スージー鈴木 いよいよ夏目漱石を取り上げる。もっと早く取り上げるべきと思いつつ、実は一度『草枕』にチャレンジしたのだが、読みにくくって挫折したのだ。白状すると、代わりに漫画版を読んだ...
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スージー鈴木のロックンロールとしての日本文学 第15回

第15回 坂口安吾『堕落論』とユーミンと貧乏くささと スージー鈴木   ロックンローラー安吾のアンガー 坂口安吾の『堕落論』。1946年に発表されたという。つまりは戦後すぐ、戦禍の跡がまだ生々しく残っていたであろう頃に、この文章は、たいそう...
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スージー鈴木のロックンロールとしての日本文学 第14回

第14回 野坂昭如『火垂るの墓』と高畑勲と早川義夫 スージー鈴木 今回は、野坂昭如『火垂るの墓』だ。本連載、これまでに比べて、ぐっと手前の時代の作品となる。1967年の10月発表なので、この作品は私よりも若い。 『火垂るの墓』――もちろん、...
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スージー鈴木のロックンロールとしての日本文学 第13回

第13回 二葉亭四迷『浮雲』と忌野清志郎の言文一致について スージー鈴木 今回は、ずっと読みたかった二葉亭四迷『浮雲』にチャレンジする。ずっと読みたかった理由は、『浮雲』が「言文一致」の先駆けとされるからだ。国語や日本史の授業でその意義を知...
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スージー鈴木のロックンロールとしての日本文学 第12回

第12回 永井荷風『濹東綺譚』と、はっぴいえんど『風街ろまん』 スージー鈴木 今回は永井荷風の『濹東綺譚』を選んだ。一説には、彼の最高傑作と言われる。読みは「ぼくとう・きたん」。「濹東」とは「隅田川の東」という意味で、具体的には、向島のあた...
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スージー鈴木のロックンロールとしての日本文学 第11回

第11回 森鴎外『ヰタ・セクスアリス』と岡村靖幸『靖幸』の関係 スージー鈴木 今回は森鴎外の『ヰタ・セクスアリス』。一文字目の「ヰ」を変換するのに時間がかかったことを付記する。 この連載では『雁』に続いての森鴎外作品だ。森鴎外がフィクション...
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スージー鈴木のロックンロールとしての日本文学 第10回

第10回 中島敦『山月記』と浜田省吾『I am a father』 スージー鈴木 今回は初見ではなく、どうしても読み返したくなった作品だ。中島敦『山月記』。高3の国語の教科書に載っていたもの。なぜ憶えているかというと、思春期の少年の心情にビ...