第19回 芥川龍之介『杜子春』と財津和夫の「履歴書」との関係
スージー鈴木
- 「私の履歴書」に魅せられた11月
この11月、日経新聞に連載された財津和夫「私の履歴書」がすこぶる面白かった。
いうまでもなく、誰もが知る人気バンド・チューリップのリーダーとして、大成功を収めた音楽家だが、驚いたのは、スター音楽家の自伝にありがちな、自分を絶対化した記述が一切なかったことだ。とにかくてっぺんから尾っぽまで、一貫して普通かつ平熱なのである。
だから、スター音楽家なら隠しておきたいはずのあれこれを、さらっと書く。例えばオリジナルメンバーの吉田彰の脱退について、ここまであけすけに。
――きっかけはささいなことだったのだろう。チューリップのマネジャーは私より6つほど年上だったが、彼がことあるごとに吉田をからかう。(中略)やりすぎだと思ったが、いさめることもなかった。やがて、吉田とマネジャーはしばしばぶつかるようになった。吉田はライブのためのリハーサルに来ないばかりか、一度は本番にも穴を開け、私が下手なベースを弾いたこともあった。今思えば、彼なりの抗議だったのだろう。
「音楽的方向性の違い」などのバンド脱退理由は死ぬほど聞いたが、「マネジャーのからかい」が理由なんて初めて聞いたぞ。さらには事務所のトラブルについても。コンサートツアーの一切を任せていた、事務所社員Aの失踪について。
――ところが、ツアーの後Aが姿を消した。確認すると、我々に経費を支払うイベンターとも連絡がつかなくなった。つまり、数千万円の入金の見通しがなくなった。照明会社や音響会社への支払いは迫っている。刑事事件にもなったかもしれないが、裁判をしてお金が戻る保証はない。
そして最終回では、こう語っている。
――時折、歌を作ってみようとするのだが、説教がましくなってしまう。「俺はこの境地に達したぜ」みたいに。何を言っても妙に格好悪いなあと思ってしまう。格好悪いと思うこと自体、まだ若いのだろう。自意識から解脱できていない。何も語らぬ石ころのように、いつかなれるだろうか。
「俺はこの境地に達したぜ」――年を取ったスター音楽家が様々なメディアでうっとり語っていることを11文字でまとめよ、という試験問題の正解はこれだ。
しかし財津和夫は、「俺はこの境地に達したぜ」を「妙に格好悪い」と思う感性を持っていた。だからこそ、普通で平熱の「履歴書」が出来上がった。
つまりは、類まれなる普通人音楽家ということだ。スター音楽家なのに普通人、普通の老人としての財津和夫。これ、「日本唯一の」という枕詞を与えてもよいと思う。
そして、同世代音楽家に先駆けて財津和夫は「自意識から解脱」した「何も語らぬ石ころ」になっていくのだろう。いいな。うん、私もなりたい。

右側の表紙の男(杜子春?)にスニーカーを履かせたい
- 『杜子春』のラストシーンの意味
芥川龍之介『杜子春』は短編小説。1920年の発表。元ネタは、唐の時代の中国の伝奇小説『杜子春傳』。「伝奇小説」とは唐の時代に多く書かれた短編小説のことらしい。
無一文の杜子春が、仙人に黄金のありかを教えてもらい、一夜にして大金持ちになるも、すぐに困窮して、お金が底をつく。大金持ちのときにチヤホヤしていた連中も、手のひらを返すように冷たくなる。
いっそ自分も仙人になろうと思い、先の仙人の弟子になる。すると師匠から、「何があっても声を出してはならない」という奇妙な訓練を課せられる。いいところまでふんばるのだが、馬の姿になった自分の母親が、鞭でうたれて声を上げたとき、思わず「お母さん」と叫んでしまい、苦労は水の泡に。仙人は「両親が鞭でうたれてもあのまま黙っていたら、お前の命を絶とうと思っていた」と告げ、家と畑を与えて去っていく――。
内容自体は、子供向けの童話という感じで、何ということはない。ちょっとした教訓話だ。ただ、最後のシーン、最後の言葉に着目する。
――「もしお前が黙つてゐたら、おれは即座にお前の命を絶つてしまはうと思つてゐたのだ。――お前はもう仙人になりたいといふ望も持つてゐまい。大金持になることは、元より愛想がつきた筈だ。ではお前はこれから後、何になつたら好いと思ふな。」
と問いただす仙人に、杜子春が答えた言葉がいい。
――「何になつても、人間らしい、正直な暮しをするつもりです。」
いやまぁ、ここも何ということはない、何ということはないのだれど、先の財津和夫の話とつなげると、実に豊潤な意味を持ち始める。
- 石ころの歌を聴きたい
私は思う。どれほどのスターであっても、庶民であっても結局、年を取って、ヨボヨボになって、最後にたどり着く境地は、つまるところ「人間らしい、正直な暮し」なのではないか。
それでも去勢を張って、ヨボヨボやガタピシなんて知らない振りして、「俺はこの境地に達したぜ」とふんぞり返り、愛だの恋だのを歌を歌っている。
そんなの、もうたくさんだろう。
日本のニューミュージックシーンを支えた70歳以上の音楽家は、「自意識から解脱した、何も語らぬ石ころ」になって「人間らしい、正直な暮し」を歌ってほしい。
死とか病とか悲しみや切なさ……今直面している、しみったれたあれやこれやを、普通に正直に、あと身体に無理のないよう平熱で歌えばいいのだ。そんな歌が、少な過ぎるのだよ。こんな、びっくりするほどの高齢化社会なのに。
再度、「私の履歴書」から引用。
――老人になったら車に最低限の楽器だけを積んで、せいぜい30人くらいのお客さんの前で街から街へ、全国を歌い歩くという暮らしを夢見たこともあった。だが、現実に老人になった私はちゃんとしたベッドでないと眠れなくなったので難しそうだ。それでも、少人数の前でつぶやくように歌うというイメージはある。
「ちゃんとしたベッドでないと眠れなくなった」という、あけすけな告白がまたいい。「少人数の前でつぶやくように歌う」のがさらにいいではないか。
財津和夫に少人数の前で歌ってほしいのは、石ころの境地の歌だ。その歌にも「日本唯一の」という枕詞を与えてもよいだろう。「次の曲は(ゴホッゴホッ)、聴いてください……『魔法の黄色い石』」
[ライタープロフィール]
スージー鈴木(すーじーすずき)
音楽評論家、小説家、ラジオDJ。1966年11月26日、大阪府東大阪市生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。音楽評論家として、昭和歌謡から最新ヒット曲までを「プロ・リスナー」的に評論。著書・ウェブ等連載・テレビ・ラジオレギュラー出演多数。
著書…『日本ポップス史 1966-2023』(NHK出版)、『沢田研二の音楽を聴く1980-1985』(日刊現代)、『大人のブルーハーツ』(廣済堂出版)、『サブカルサラリーマンになろう』(東京ニュース通信社)、『〈きゅんメロ〉の法則 日本人が好きすぎる、あのコード進行に乗せて』(リットーミュージック)、『弱い者らが夕暮れて、さらに弱い者たたきよる』(ブックマン社)、『中森明菜の音楽1982-1991』(辰巳出版)、『幸福な退職 「その日」に向けた気持ちいい仕事術』『サザンオールスターズ 1978-1985』『桑田佳祐論』(いずれも新潮新書)、『EPICソニーとその時代』(集英社新書)、『EPICソニーとその時代』(集英社新書)、『平成Jポップと令和歌謡』『80年代音楽解体新書』『1979年の歌謡曲』(いずれも彩流社)、『恋するラジオ』『チェッカーズの音楽とその時代』(いずれもブックマン社)、『ザ・カセットテープ・ミュージックの本』(マキタスポーツとの共著、リットーミュージック)、『イントロの法則80’s』(文藝春秋)、『カセットテープ少年時代』(KADOKAWA)、『1984年の歌謡曲』(イースト新書)など多数。
