第20回 芥川龍之介『蜘蛛の糸』を読みながら、笑ったり転んだり
スージー鈴木
- 犍陀多目線で読み解く『蜘蛛の糸』
今回も芥川龍之介である。前回の『杜子春』も短かったが、こちらはさらに短い。文庫本でたったの6ページしかない。『杜子春』のついでに読んでしまった。
『蜘蛛の糸』は1918年発表。子供向け文芸雑誌『赤い鳥』の創刊号に掲載された「児童文学」なのだという。子供の教育上ふさわしい内容が書かれている「教訓話」と言っていいだろう。
お釈迦さまが、地獄に落ちている大泥棒・犍陀多(カンダタ)を助けようと、極楽から蜘蛛の糸を垂らす。犍陀多はその糸をつかみ、極楽へと昇っていこうとするのだが、彼を追って、数多くの罪人が、我も我も極楽に行こうと、糸をつかんで、下から昇ってくるではないか。
それを見た犍陀多が「こら、罪人ども。この蜘蛛の糸は己のものだぞ。お前たちは一体誰に尋(き)いて、のぼって来た。下りろ。下りろ」とわめく。その瞬間、糸がぷつりと切れて、犍陀多はまっさかさまに落ちていった――。
子供たちへの教訓は、「自分勝手、自己中心、利己主義になるな」ということかな、おそらく。ただ年のせいか、もしくは自分勝手に生きてきたせいか、私は今、この『蜘蛛の糸』を、お釈迦さま目線ではなく、犍陀多目線で読んでしまうのだ。
やっとのことで極楽への道筋を得たのに、つまらないことで、夢がぷっつり途絶えてしまう。という、犍陀多にとっての実にやるせない物語として『蜘蛛の糸』を受け取った。
「どうせがんばっても、どうにもならないんだな」
この作品が、芥川龍之介の名作として数えられているのならば、もしかしたら、このような多面的な解釈の可能性が認められた結果ではないか、とまで思ってしまう。
では、犍陀多目線の『蜘蛛の糸』は、どのような感覚を読者と分かち合うのか。それは――徒労感だ。

ジャケットと表紙、通じるところがあるようなないような
- 「Tポップ」としての昨年ナンバーワンソング
ここで、いきなり大きく出れば、大衆音楽とは、徒労感を肯定する音楽ではないか。それが言い過ぎならば、徒労感を癒やしてくれるような音楽を、私は強く好む。つまりは、お釈迦様目線ではなく、犍陀多目線の音楽をということだ。
「がんばっても、どうにもならない」――これも言い過ぎか。ならば――「がんばっても、どうにもならないことが案外多いんだな」という感覚を分かち合う音楽。
平成の日本でヒットした、「がんばったら何とかなるぞ」と歌う音楽を「がんばろう系Jポップ」と乱暴にくくりながら、私はずっと揶揄してきた。揶揄したくなる理由は単純で、現実は「がんばっても、どうにもならないことが案外多い」から。嘘を歌ってはいけないと、私は言っている。
だから私は、昨年のナンバーワン楽曲として、NHK朝ドラ『ばけばけ』主題歌のハンバート ハンバート『笑ったり転んだり』を選んだのだ。「毎日難儀なことばかり」という1番の歌い出し。「日に日に世界が悪くなる」という2番の歌い出し。これぞ、まさに徒労感ポップ=「Tポップ」だ。
ただ、さすがに朝ドラ主題歌だけあって、最後は「今夜も散歩しましょうか」と前向きに締められる。しかし、その散歩も、決して、元気ハツラツ、明るく跳ねる(劇中で描かれるスキップの)ような足取りで……ではないはず。「どうにもなんねえなぁ、しょうがねえなぁ」とぶつくさ言いながらの、ノロノロぶらぶらした散歩に違いない。
だって「徒労感ポップ=Tポップ」なのだから。
百歩譲って、「がんばろう系Jポップ」を聴きたい人は聴けばいい。いっちょ前の大人としては、この国の発展のために若者に「がんばったら何とかなる」と信じておいてほしいという思いも、少しはある。あるけれど、でもやっぱり「がんばっても、どうにもならないことが案外多いんだな」ということを、早めに気付いたほうが健康的なのではないか。
だから「Tポップ」、もっと増えてほしいな。この国の発展、というよりも、身の丈に合った成熟、円熟のために。そして、日本が、アメリカからぶら下がっている蜘蛛の糸が切れてしまう前に。
[ライタープロフィール]
スージー鈴木(すーじーすずき)
音楽評論家、小説家、ラジオDJ。1966年11月26日、大阪府東大阪市生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。音楽評論家として、昭和歌謡から最新ヒット曲までを「プロ・リスナー」的に評論。著書・ウェブ等連載・テレビ・ラジオレギュラー出演多数。
著書…『日本ポップス史 1966-2023』(NHK出版)、『沢田研二の音楽を聴く1980-1985』(日刊現代)、『大人のブルーハーツ』(廣済堂出版)、『サブカルサラリーマンになろう』(東京ニュース通信社)、『〈きゅんメロ〉の法則 日本人が好きすぎる、あのコード進行に乗せて』(リットーミュージック)、『弱い者らが夕暮れて、さらに弱い者たたきよる』(ブックマン社)、『中森明菜の音楽1982-1991』(辰巳出版)、『幸福な退職 「その日」に向けた気持ちいい仕事術』『サザンオールスターズ 1978-1985』『桑田佳祐論』(いずれも新潮新書)、『EPICソニーとその時代』(集英社新書)、『EPICソニーとその時代』(集英社新書)、『平成Jポップと令和歌謡』『80年代音楽解体新書』『1979年の歌謡曲』(いずれも彩流社)、『恋するラジオ』『チェッカーズの音楽とその時代』(いずれもブックマン社)、『ザ・カセットテープ・ミュージックの本』(マキタスポーツとの共著、リットーミュージック)、『イントロの法則80’s』(文藝春秋)、『カセットテープ少年時代』(KADOKAWA)、『1984年の歌謡曲』(イースト新書)など多数。
