第21回 伊藤左千夫『野菊の墓』と松田聖子『SQUALL』をつなぐもの
スージー鈴木
- ちょうど120年前の「下手くそ」な小説
伊藤左千夫『野菊の墓』といえば松田聖子である。1981年の夏公開の映画『野菊の墓』。当時、圧倒的人気を得ていた松田聖子の主演で制作されたのだ。明治時代の千葉の片田舎で暮らす少女・民子を演じたのだが、「聖子ちゃんカット」とはある意味で真逆、前髪を上げて、おでこをみせた、何ともあどけない姿が、大いに話題になったのを憶えている。
小説自体は、いまからちょうど120年前、1906年の発表。夏目漱石が絶賛したというが、今あらためて読めば、どストレートな青春小説という感じで、何ということはなかった。ただ、120年前の日本では、この青春感、高揚感、さらには感傷感が新鮮だったのだろう。
体調のすぐれない母と暮らしていた政夫と、彼の家に手伝いに来ていた2歳上の従姉・民子との悲恋物語。無邪気に仲がよかったせいで噂が立ち、政夫と民子は距離を置くのだが、その反動で、お互いに、うっすらとした恋心が芽生えているのに気付く。2人きりになったとき、政夫は民子を「野菊のような人だ」と言い、民子は政夫を「りんどうのような人だ」と告げる。
その後、政夫は町の中学校に行くため家を出る。そして民子は実家に帰り、望まない形で嫁に行かされ、流産から体調を崩し亡くなる。遺品には政夫の写真があった。民子の墓参りに来た政夫は、墓一面に野菊を植えた……。
と、まぁ、何ということはないのだが、しかし久保田正文という文芸評論家が書いた文庫本向け解説(1985年)に、松田聖子風にいえば「ビビビ」とくるものがあったのだ。
——斎藤茂吉から釈迢空に至るまで、『野菊の墓』に限らず、伊藤左千夫の小説に共通してみられる主観性の氾濫について批判的に指摘している。それにもかかわらず、その小説のもつちからづよさをもひとしくみとめている。つまり、俗なことばで言えば、左千夫の小説は下手くそなのである。現代の新人作家の作品の、おどろくほどに整った巧みさに並べてみれば、誰の目にもそれは明らかである。
あぁ「下手くそ」だったのか。しかし、その背景には、小説としての(「下手くそ」ならではの)「ちからづよさ」(力強さ)があって、当時の読者は魅了されたのか……。なるほどと思い、調べてみれば、これ、伊藤左千夫の小説デビュー作ではないか。と考えると、松田聖子のあるアルバムが、頭の中にくっきりと見えてきた、聴こえてきたのである。

『SQUALL』を聴きながら読みたい2冊
- ハードロック・ボーカリストとしての松田聖子
映画『野菊の墓』公開の、ほぼ1年前にリリースされた松田聖子のファーストアルバム『SQUALL』。このアルバムの印象を一言でいえば「爆発的」。けれん味無し、加工ほぼ無し、技巧ほぼほぼ無し。ただただ歌が好きで好きでしょうがない久留米の18歳のボーカルが爆発している。
そもそもデビューのきっかけからして、彼女の強烈な歌声から始まっていた。
——全身全霊にショックを受けた。福岡県に住む16歳の歌声はどこまでも清々しく、のびのびとして力強かった。明るさとしなやかさと、ある種の知性を兼ね備えた唯一無二の響き。私は元来「直感」が鋭く自分の感覚を大切にして生きているが、そのときの衝撃は今も忘れられない。
松田聖子を見出したプロデューサー・若松宗雄による『松田聖子の誕生』(新潮新書)の冒頭。デビュー前の彼女のデモテープを聴いたときの衝撃が表されている。ちなみに、そのテープで彼女が歌っていたのは、デビュー後に、彼女の事務所の先輩となる桜田淳子の『気まぐれヴィーナス』(77年)だ。
若松宗雄のいう「のびのびとして力強」い声が、アルバム『SQUALL』にも充満している。聴き始めて、いきなり驚くのが1曲目の『~南太平洋~ サンバの香り』。乱暴なことに、不釣り合いに高いキーをあてがわれて、メロディを追うのがせいいっぱい。正直言って、音程を外している。その意味では「下手くそ」だ。
しかし、声の「力強さ」は十分に伝わってくる。そしてシングルとなった収録曲『裸足の季節』『青い珊瑚礁』、さらに、アルバムのベストトラックである『ロックンロール・デイドリーム』では、ボーカルの力強さがいよいよ爆発する。そして、この一点において、アルバム『SQUALL』と伊藤左千夫『野菊の墓』がビビビとつながる。
私は、デビューから映画『野菊の墓』の頃までの爆発的に力強い松田聖子ボーカルを好む者だ。つまりはハードロック・ボーカリストとしての松田聖子である。
沸騰する人気の中、喉の使い過ぎ、さらには過労も影響したのだろう。1981年の秋頃以降、松田聖子は、声のコンディションを悪くする。しかし、救世主・松本隆による言葉を携えながら、都会的で洗練されたボーカルで一時代を築いていく。そんな成功の裏側で、ハードロック・ボーカリスト・松田聖子は、そっと役割を終えていたのだ。
そして私は思うのだ。あの力強い声のお墓があれば、野菊を飾りたいと——。
……いやいや、このオチ、あまり冴えてないって? ビビビと来ないって? いやいや、ここはあえて「下手くそ」にしたんですよ。
[ライタープロフィール]
スージー鈴木(すーじーすずき)
音楽評論家、小説家、ラジオDJ。1966年11月26日、大阪府東大阪市生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。音楽評論家として、昭和歌謡から最新ヒット曲までを「プロ・リスナー」的に評論。著書・ウェブ等連載・テレビ・ラジオレギュラー出演多数。
著書…『日本ポップス史 1966-2023』(NHK出版)、『沢田研二の音楽を聴く1980-1985』(日刊現代)、『大人のブルーハーツ』(廣済堂出版)、『サブカルサラリーマンになろう』(東京ニュース通信社)、『〈きゅんメロ〉の法則 日本人が好きすぎる、あのコード進行に乗せて』(リットーミュージック)、『弱い者らが夕暮れて、さらに弱い者たたきよる』(ブックマン社)、『中森明菜の音楽1982-1991』(辰巳出版)、『幸福な退職 「その日」に向けた気持ちいい仕事術』『サザンオールスターズ 1978-1985』『桑田佳祐論』(いずれも新潮新書)、『EPICソニーとその時代』(集英社新書)、『EPICソニーとその時代』(集英社新書)、『平成Jポップと令和歌謡』『80年代音楽解体新書』『1979年の歌謡曲』(いずれも彩流社)、『恋するラジオ』『チェッカーズの音楽とその時代』(いずれもブックマン社)、『ザ・カセットテープ・ミュージックの本』(マキタスポーツとの共著、リットーミュージック)、『イントロの法則80’s』(文藝春秋)、『カセットテープ少年時代』(KADOKAWA)、『1984年の歌謡曲』(イースト新書)など多数。
