第23回 テレサ・テン『別れの予感』と俵万智『サラダ記念日』の深くて青い関係
スージー鈴木
ここ最近ずっと、ある短歌のことを考えていた。1987年に爆発的なブームとなった歌集、俵万智『サラダ記念日』の中の、ある歌である。
私自身、当時まったく興味を抱かなかったのだが、それでもこの歌集が、(小説や漫画ではないにもかかわらず)とんでもなく爆発的なブームになっていたことは憶えている。何といっても『男はつらいよ 寅次郎サラダ記念日』なんて映画もあったぐらいなのだから。
さて、『サラダ記念日』といえば、
——この味がいいねと君が言ったから七月六日はサラダ記念日
という、「タイトルチューン」といっていい歌が、もっとも有名なものだろう。もしくは、
——「嫁さんになれよ」だなんてカンチューハイ二本で言ってしまっていいの
が、当時もてはやされたツートップか。しかし私は、その次ぐらいに位置するであろう、この歌に、最近ずーっとしびれていたのだ。
——愛人でいいのと歌う歌手がいて言ってくれるじゃないのと思う
こりゃ、すごいな。
ただ「しびれる」「すごい」理由が、ずっと頭の中で整理できずにいたのだ。逆に言えば、直感的にしびれた。直感的にすごいと思った。特に「言ってくれるじゃないの」という言葉のすごみに腰を抜かしていたのだ。
そこで今回、この原稿のために、あえて、グッときた理由を考察してみた。ちょっと野暮だとも思いながら。まずは、どのような文脈で、この歌が詠まれたのか。歌集の中で、「言ってくれるじゃないの」をはさむ前後の歌を見れば、何となく分かってくる。
——男というボトルをキープすることの期限が切れて今日は快晴
——君を待つことなくなりて快晴の土曜も雨の火曜も同じ
なるほど。何となくではなく、よく分かる。つまり詠み手は恋人と別れたのだ。そしてそのとき、詠み手である俵万智は、「別れたくないがために、愛人という宙ぶらりんな存在になること」をきっぱりと拒否したことがうかがえる。
そんな中、おそらくはテレサ・テンの『愛人』(84年)が聴こえてきたのだろう。
——♪この部屋にいつも 帰ってくれたら わたしは待つ身の 女でいいの
「言ってくれるじゃないの」!
「よくもそんな男尊女卑的なこと言えるな」なのか、「よくもそんな男尊女卑的なことが言えるぐらい、メロメロに惚れちゃったな」なのかは分からないが(両方ごちゃ混ぜになっているように思う)、とにかく、1987年当時、弱冠25歳だった俵万智が、テレサ・テンの『愛人』のような世界を、敢然と拒絶しているさまが浮かんでくる。
「言ってくれるじゃないの」——まったくだ。当時21歳、現在アラカンの私だって、あなたに賛同するよ。

若き日のテレサ・テンと若き日の俵万智を収めた2作
- 「愛人歌謡の女王」としてのテレサ・テン
——七○、八○年代に世界でもっとも多くの人に聞かれた歌手として、テレサはビートルズに並ぶ存在だった、とさえ言えるかもしれないのだ。
音楽評論家・中村とうようの言葉である(北海道新聞夕刊/96年7月18日)。中国本土だけでなく、世界中に散らばって、抜群の人口ボリュームを誇るチャイニーズ(華人・華僑)。その中で、トップクラスの人気を誇る歌姫=テレサ・テン。確かに、ビートルズとテレサ・テン、どちらの人気の方が大きいのか、簡単には判断が付かない。
しかし、それほど巨大な存在だったにもかかわらず、日本では、先の『愛人』を始め、『つぐない』(85年)、『時の流れに身をまかせ』(86年)などの、いわば「愛人歌謡」で知られている。
「愛人歌謡」という身も蓋もないくくりに対して、「テレサ・テンを矮小化するなよ」という、彼女の広い音楽性をよく知るファンの声も聞こえてきそうだが、それでも、これらの曲が「愛人歌謡」として80年代中盤の日本で消費されたのは、偽らざる事実だろう。さらにはテレサ・テン自身も「愛人歌謡の女王」として。
しかし先の「愛人歌謡」3曲と同じく「作詞:荒木とよひさ、作曲:三木たかし」のソングライターチームによって作られた87年(ちなみに『サラダ記念日』刊行と同年)の『別れの予感』は、「愛人歌謡」の仮面を被りながら、ちょっと違うゾーンにまで踏み込んでいると思う。
——♪もう少し綺麗なら 心配はしないけど わたしのことだけを 見つめていて欲しいから
このあたりは、80年代(まで)の日本のオヤジが舌なめずりするぐらいに大好きな「控えめに尽くす愛人像」だ。しかしサビになると、少し様子が違ってくる。
——♪あなたをこれ以上 愛するなんて わたしには 出来ない
舌なめずりするぐらいの「愛人」が、まぁいろいろあったのだろう。限界も感じたのだろう。最終的に自分から「別れの予感」を引き付けているのである。そして、その「限界」の向こう側を感じさせるのが、前に置かれた、この珠玉のフレーズだ。
——♪海よりもまだ深く 空よりもまだ青く
実はこの一節、けっこう唐突に置かれている。ので、聴き手の自由な解釈が求められる。私が思うのは、この「海よりもまだ深く 空よりもまだ青く」は「(あなたをこれ以上)愛する」にかかると思うのだ。
要するに、これ以上はもう限界、モームリよ。控えめに控えめに尽くして尽くして参りましたけど、もう限界です——と、愛人生活に自ら自律的にピリオドを打つ物語を、荒木とよひさは、テレサ・テンは描いたのではなかったか。「愛人歌謡」シリーズの1つの締めくくりとして。
そういえば、いかにもトラッドな歌謡曲の作りになっている『愛人』『つぐない』に比べて、『時の流れに身をまかせ』と『別れの予感』は音楽的にかなり洗練されている。さらにいえば『別れの予感』なんて、当時の玉置浩二が作りそうな「ニューミュージック歌謡」だ。名曲・西城秀樹『ラストシーン』(76年)を書いた三木たかしの本領発揮である。
言い換えれば、控えめに控えめに尽くして尽くしてが好きなオヤジだけを狙っているのではなく、いってみれば女性リスナーまで射程に置いた音楽性だ。つまりは「愛人歌謡」というちっちゃな枠に囚われない、スケール感を伴っている。
結果、愛人というポジションに、自ら自律的にピリオドを打った女性像が見えてくる。そしてピリオドを打った彼女は過去の自分に「よくもそんな男尊女卑的なこと言えるな」とか、「よくもそんな男尊女卑的なことが言えるぐらい、メロメロに惚れちゃったな」などと呆れながら言いたくなることだろう。
そう、この瞬間、俵万智の歌とテレサ・テンの歌がつながったのだ。
『サラダ記念日』の発売は1987年5月、『別れの予感』は同年6月。女性が一歩前に自立する1987年初夏の歌物語である。よくぞ言ってくれた、歌ってくれたじゃないのと思う。
[ライタープロフィール]
スージー鈴木(すーじーすずき)
音楽評論家、小説家、ラジオDJ。1966年11月26日、大阪府東大阪市生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。音楽評論家として、昭和歌謡から最新ヒット曲までを「プロ・リスナー」的に評論。著書・ウェブ等連載・テレビ・ラジオレギュラー出演多数。
著書…『日本ポップス史 1966-2023』(NHK出版)、『沢田研二の音楽を聴く1980-1985』(日刊現代)、『大人のブルーハーツ』(廣済堂出版)、『サブカルサラリーマンになろう』(東京ニュース通信社)、『〈きゅんメロ〉の法則 日本人が好きすぎる、あのコード進行に乗せて』(リットーミュージック)、『弱い者らが夕暮れて、さらに弱い者たたきよる』(ブックマン社)、『中森明菜の音楽1982-1991』(辰巳出版)、『幸福な退職 「その日」に向けた気持ちいい仕事術』『サザンオールスターズ 1978-1985』『桑田佳祐論』(いずれも新潮新書)、『EPICソニーとその時代』(集英社新書)、『EPICソニーとその時代』(集英社新書)、『平成Jポップと令和歌謡』『80年代音楽解体新書』『1979年の歌謡曲』(いずれも彩流社)、『恋するラジオ』『チェッカーズの音楽とその時代』(いずれもブックマン社)、『ザ・カセットテープ・ミュージックの本』(マキタスポーツとの共著、リットーミュージック)、『イントロの法則80’s』(文藝春秋)、『カセットテープ少年時代』(KADOKAWA)、『1984年の歌謡曲』(イースト新書)など多数。
