スージー鈴木のロックンロールとしての日本文学 第26回

第26回 筒井康隆『時をかける少女』とサザンオールスターズ『夕陽に別れを告げて』

スージー鈴木

 

たまには現代ものもいいだろうと思い、筒井康隆『時をかける少女』を選んでみた。現代ものといっても「1967年もの」なのだが。

 

文庫本の表紙は、2006年のアニメ映画『時をかける少女』で使われた、脚長制服少女のあのカットである。

 

それにしても細田守のアニメ映画は、脚長制服少女が、よく空を飛んでいる。

 

嫌いではない。理由は、まず、単純に颯爽と美しいからだが、どうも、それだけではないような気がする。白状すれば、「1967年もの」の私も、制服を着ていた頃、80年代、「空も飛べるはず」と思ったことが何度かあったからだと思う。

 

アニメ映画も見たし、原田知世主演の実写版映画(83年)も、テレビで見た記憶があるので、ストーリーは知っているつもりだったが、映画と小説では、どうも微妙に違うようだ。

 

今回は、小説を読んだわけなので(さすがに映画は観直していない)、小説の内容をベースに書き進めていく。

 

1967年ものなので、描かれているのは、約60年前の学園風景ということになる。にもかかわらず、文中に「タイム・リープ」という言葉が出てくることに驚く。最近広まった言葉と思っていたのだけれど。

 

中3の主人公・芳山和子は、ひょんなことからタイム・リープが出来るようになっている。友人の深町一夫は、彼女にほんのりと好意を寄せている。しかし、その一夫、実は、西暦2660年からタイム・リープしてきていたのだ。

 

そして、すぐに未来に帰らなければならないという。さらに、未来に帰るためには、和子の脳内にある一夫の記憶を消し去らなければならないというではないか。

 

悲しみに暮れる和子。かくして一夫はいなくなり、和子は、一夫ではない「誰か」が、いつか、また現れるような気がしながら、青春を生きていく——。

 

さすがに今から60年前だ。現代の細田守や新海誠によるアニメと比べると、何ともシンプルなストーリーだが、シンプルな分、というか、(おそらくは)細田守や新海誠作品のベースとなっている分、今読んでも、とてもしっかりとした「体幹」を持った物語だと思う。

 

  • 2つ目の死、3つ目の死

 

話は変わるが、永六輔は「人は二度死ぬ」と言っていたらしい。いわく、一回目の死はいわゆる(身体的)死。そして二回目の死は、その死者のことを誰も語らなくなったとき。

 

天下の永六輔の論に対し、私が加えるのも何だが、死はもう一つあるのではないか——「人々の記憶から消えたとき」だ。

 

最近、同窓会的な寄り合いによく顔を出すのだが、学生時代、かなりの記憶力を誇っていたにもかかわらず、今となっては、同級生の名前や人となりを、驚くほど忘れていることに気が付く。

 

「●●っておったやんか?」「●●、そんな奴、おったっけ?」

 

言葉が悪いが、その「●●」は、私の中で、もう死んでいるのだ。もちろん「●●」の記憶の中でも、私は死んでいる可能性は高い。007は二度死ぬ。人間は三度死ぬ。

 

さて『時をかける少女』が長く愛されているのは、「和子が持っていた一夫の記憶まで消し去られる」ことの悲劇性が効いているのではないか。つまりは「記憶的殺人」の悲劇性ということだ。

 

——和子は驚き、目をみはった。

「じゃ、あなたは、未来へ帰る前に、わたしの頭の中から、あなたに関する記憶を消してしまうっていうの?」

一夫は、悲しげにうなずいた。

「しかたがないんだ。ぼくが帰ってしまったあと、きみがぼくのことを忘れてしまうなんて、とても悲しいんだけどなあ。だけど、そうしないとぼくは、ぼくの時代で罰せられることになるんだ」

「そんなこと、いやよ!」

 

人は必ず死ぬ。人は必ず、語られなくなる。そして人は必ず、忘れ去られるのだ。そんなことは誰もが分かっている。

 

分かっているからこそ「記憶的殺人」は悲劇的なのだ。誰もが自分のことを知らない世界へ、人々は一歩ずつ進んでいく。

 

「そんなこと、いやよ!」

 

あのときの芳山和子から約60年後、約60歳の私ですら、そう叫びたくなる。

 

  • 逢えなくなることと、音楽や芸術を貪ること

鎌倉をかける少女

 

 

桑田佳祐は死を歌っている。比喩ではなく、具体的な、身体的な死を歌った曲が、サザンオールスターズ『はっぴいえんど』だ。

 

——病む時も 笑顔見せてくれ ボクよりも長く 生きるキミよ

 

まるで病床に臥せった桑田佳祐が、妻の原由子に語りかけているような歌だ(事実、桑田は2010年、食道がん手術のため入院している)

 

しかしより心に迫るのは、身体的死でも、語られなくなる死でも、さらには忘れ去られる死でもなく、それらの「死」の一歩手前、「逢えなくなる」ことを歌った歌だ。

 

——oh もう逢えないのだろう My friends 瞳の 奥で泣く

 

サザンオールスターズ『夕陽に別れを告げて』(85年)の一節だ。

 

夕陽に別れを告げて~メリーゴーランド [2024 Remaster]
Provided to YouTube by TAISHITA Label Music夕陽に別れを告げて~メリーゴーランド · SOUTHERN ALL STARSKAMAKURA (2024 Remaster)℗ TAISHITA Lab...

 

テーマは高校時代。卒業してからしばらく経って、高校時代を思い出しながら「友人の多くと、もう一生逢えなくなる」という歴然たる事実を歌っている。

 

当時もこの曲、かなり好きだったが、還暦を前にすると「もう逢えないのだろう My friends」が、いよいよ胸に迫ってくる。

 

そう、私の学生時代の友人の多くとは、もう絶対に絶対に、逢えないのだ!

 

そのうちに、私は連中のことを忘れていくし、語らなくなるし、そうこうしているうちに連中は、一人ひとり……と死んでいくのだろう。もちろん、彼らにとっての私も、もはや絶対に逢えない存在なのだ。

 

何だかげんなりするではないか。大げさに言えば、人生って何だったんだと言いたくなる。

 

そして、年を取って、死に対して切羽詰まってきた分「そんなこと、いやよ!」と、芳山和子よりも大声で叫びたくなるのだ。これ、嘘ではない。

 

でも、ここで思い直そう。幾重にも重なった死の構造に向けて、切羽詰まっていくからこそ、人間は音楽、そして芸術を求めるのではないか。だからこそ、年を取るほど、作品が染みてくるのではないか。

 

そう、筒井康隆も、桑田佳祐も。

 

そういえば、坂本龍一は『ピアノへの旅』(アルテスパブリッシング)で、こう述べている。

 

──たとえば失った故郷を想うとか、あるいは帰ってこない『時』を想って歌う。それが芸術の本質じゃないかな。

 

だから私たちは、年を取っても、いや年を取るほどに、筒井康隆や桑田佳祐を貪る。そして「時をかけるシニア」になっていくのだ。そう思うと、少しだけ救われた気になるではないか。

 

[ライタープロフィール]

スージー鈴木(すーじーすずき)

音楽評論家、小説家、ラジオDJ。1966年11月26日、大阪府東大阪市生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。音楽評論家として、昭和歌謡から最新ヒット曲までを「プロ・リスナー」的に評論。著書・ウェブ等連載・テレビ・ラジオレギュラー出演多数。

著書…『ライバルたちのJポップ史 』(祥伝社)、『日本の新しい音楽 1975~』(日刊現代)、『日本ポップス史 1966-2023』(NHK出版)、『沢田研二の音楽を聴く1980-1985』(日刊現代)、『大人のブルーハーツ』(廣済堂出版)、『サブカルサラリーマンになろう』(東京ニュース通信社)、『〈きゅんメロ〉の法則 日本人が好きすぎる、あのコード進行に乗せて』(リットーミュージック)、『弱い者らが夕暮れて、さらに弱い者たたきよる』(ブックマン社)、『中森明菜の音楽1982-1991』(辰巳出版)、『幸福な退職 「その日」に向けた気持ちいい仕事術』『サザンオールスターズ 1978-1985』『桑田佳祐論』(いずれも新潮新書)、『EPICソニーとその時代』(集英社新書)、『EPICソニーとその時代』(集英社新書)、『平成Jポップと令和歌謡』『80年代音楽解体新書』『1979年の歌謡曲』(いずれも彩流社)、『恋するラジオ』『チェッカーズの音楽とその時代』(いずれもブックマン社)、『ザ・カセットテープ・ミュージックの本』(マキタスポーツとの共著、リットーミュージック)、『イントロの法則80’s』(文藝春秋)、『カセットテープ少年時代』(KADOKAWA)、『1984年の歌謡曲』(イースト新書)など多数。

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