赤毛のアンのお茶会 第31回

第31回 日本に「グリーン・ゲイブルズ」を作ったのは誰?

南野モリコ

  

アン・ブックスの表紙にもトレンドがある。 

  残暑お見舞い申し上げます。体が沸騰しそうな暑さですね。一歩外に出るだけで汗が泉のように湧き出るわ、鼻から湯気が出そうだわ。アンのようにプリンスエドワード島の爽やかな夏を想像しては、「暑いと言わない」と固く決意しています。

さて、今月は日本人とグリーン・ゲイブルズについて深読みしてみました。これを読んでいるあなたが少しでも涼しい気分になれますように。

 

『世界名作童話全集54 赤毛のアン』神戸淳吉編著(ポプラ社、1964年)

 

『赤毛のアン』は、マシューとマリラ、カスバート兄妹の住むグリーン・ゲイブルズ(「緑の切妻屋根」の意)という屋号の家に男の子と間違って送られてきた孤児のアンが、持ち前の明るさから周囲の人を魅了し、「どこの子でもないアン」から「グリーン・ゲイブルズのアン」になっていく物語です。原題も“Annne of Green Gables”(グリーン・ゲイブルズのアン)であることから、カスバート兄妹が住む「グリーン・ゲイブルズ」と呼ばれる家は物語のテーマを象徴する重要なファクターと言えます。

現在、書店や図書館に並んでいる『赤毛のアン』の表紙には、赤毛で三つ編みの少女アンと緑色した三角屋根の2階建ての家、つまりグリーン・ゲイブルズが描かれています。赤毛の少女アンとグリーン・ゲイブルズ。このふたつがセットとなって、日本人が想い描くアンの世界が完成するのだと思います。

しかし、筆者モリコが小学4年生の時初めて手にした『赤毛のアン』(ポプラ社、1964年)を見ると、表紙に描かれていたのはパフスリーブを着たアンとクリスマスツリーでした。口絵を見てもグリーン・ゲイブルズらしき三角屋根の家は見当たりません。

村岡花子氏が初めて翻訳した三笠書房版『赤毛のアン』の表紙絵は、若い金髪の女性で赤毛ですらありません。村岡訳ファンの読者に長く読まれた新潮文庫の1979年版は、マシューとアンが馬車でアヴォンリー村にやってきた場面を描いたようで、大きく描かれているのは教会です。こちらもグリーン・ゲイブルズと思わしき建物は見当たりません。

その他、各社が出版したアン・ブックスに目を通してみると、アンをテーマにした料理のレシピ本を含めて、表紙に緑色の2階建て三角屋根の家=グリーン・ゲイブルズが姿を現したのは、1980年代後半頃からです。1979年から80年代前半の間に何があったのでしょうか? そうです、1979年1月から放映された世界名作劇場の『赤毛のアン』です。

日本人が持つ『赤毛のアン』のイメージは、アニメ作品を見ているいないにかかわらず、世界名作劇場の『赤毛のアン』に大いに影響されているのです。これは深読みではなく断言してもいいでしょう。ええ、断言しちゃいましょう。

筆者モリコのTwitterでのアンケートでも、『赤毛のアン』との出会いは「アニメ」と答えた方が半数を超えていました。1本の日本のアニメ・シリーズがカナダの文学作品のイメージを作ってしまうなんて、すごいことですよね。

 

アン・ブックスの表紙を変えた? 芦別市カナディアンワールドの「グリーン・ゲイブルズ」

ところで、日本に「グリーン・ゲイブルズ」と名の付く飲食店や商業施設はいくつかありますが、「グリーン・ゲイブルズ=緑色の二階建て三角屋根の家」というイメージを決定づけたのは、『赤毛のアン』のテーマパーク「カナディアンワールド」(北海道芦別市黄金町731番地)かもしれません。なんといっても、プリンスエドワード島キャベンディッシュの「グリーン・ゲイブルズ」と「同じ」家を建ててしまったのですから。

芦別市・カナディアンワールドの「グリーンゲイブルズ」は1990年7月開園の際に建築されました。キャベンディッシュの「本家」グリーン・ゲイブルズと同じ設計図から建てられたそうです。アンの世界を忠実に再現した、まさにこだわりの「アンの家」なのです。

アニメ版『赤毛のアン』は放送終了後も何度か再放送されています。芦別市・カナディアンワールドは、アニメの初回放送からほぼ10年後に開園しているので、ちょうど「グリーン・ゲイブルズ=緑色の2階建て三角屋根の家」というイメージが浸透した頃に竣工されたとみていいと思います。

1980年代前半までのアン・ブックスの中にも口絵や挿絵にグリーン・ゲイブルズが顔を見せているものもありますが、日本の農家みたいだったり、グリム童話に出てくる石の家のようだったり、ちょっと時代を感じさせます。21世紀のアンのファンからしたら「私のグリーン・ゲイブルズじゃない」と思われてしまうかもしれません。

1980年代前半といえば、まだ海外旅行も一般的ではありませんでした。1990年代に入り、『赤毛のアン』を読んでプリンスエドワード島を訪れる日本人が増え、「緑の切妻屋根の家ってこんな家」とビジュアルの情報が入ってきたことで、アン・ブックスの表紙にも緑色の2階建て三角屋根の家が描かれるようになっていったのだろうと深読みしました。

村岡花子さんが『赤毛のアン』を訳した時も、その当時日本になかったコーデュアルに「いちご水」という訳語を当てて読者に分かりやすく工夫したように、アン・ブックスの表紙のイラストも読者が親しみを持てるよう進化して今があるのでしょうね。ま、単なる深読みですけどね。

 

 

参考文献

モンゴメリ著、松本侑子訳『赤毛のアン』(文藝春秋、2019年)

 

 

[ライタープロフィール]

南野モリコ

『赤毛のアン』研究家。慶應義塾大学文学部卒業(通信課程)。映画配給会社、広報職を経て執筆活動に。

Twitter:南野モリコ@赤毛のアンが好き!ID @names_stories

タイトルとURLをコピーしました