過ちは人の常、赦すは神の業 第4回

天気の子の独自プロット

 

「これ見てよ……」

こわごわと携帯電話を見せる。

(二人とも)「依頼料は100万円!?」

「今まで数千円、たかくて5万円くらいだったじゃん、破格でしょ」

「うん……でも誰が依頼してきたんだろう……」

「突然のメール失礼いたします。私、××株式会社の課長代理〇山△男と申します……会社の人?なんか怪しくない?」

「怪しいかどうかは話を聞いてから判断しよう」

 

××株式会社にて

「ようこそいらっしゃいました。私、担当の課長代理、〇山△男でございまーす」

うさんくさい風体で名刺を配りだす。

「お二人とも。現代社会に求められる使命ってなんだかご存じですか?」

「使命?」

「そうです。使命です。ミッションです」

「それすなわち事前のリスクの発見、及びリスクの分散です」

ポカーンと口を開ける二人。それに対して、

「ちょっと難しすぎましたかね。具体的な社会的役割を説明しましょう。わーい晴れた。これで遠足に行けるぞ、よりも大きな役割を担うことになるのです」

「簡単にいうと、世の中にはいろいろなお店があります。アイスクリーム屋に服屋にさまざまです。多めに商品を用意しても雨が降ったら買い物は楽しくなくて行く気がなくなるでしょう? そうなれば余った商品はどうなりますか。腐りやすいものは廃棄処分です。全部ゴミになります。腐りにくいものは倉庫に保管して、倉庫代がかかります。その倉庫代は商品の価格に反映されて商品の値段が上がります」

ゴクン、難しくてつばを飲み込むしかない二人

「弊社は雨が降ったときに、商品が売れ残った場合に備えて、お金を支払います。たしかにそれで完全にゴミがなくなるわけではありません。しかしあなた方にお願いして天気を晴れさせていただければ、弊社がお金を支払うこともなくなり、料金も安くなり、商品の値段が下がって、顧客も得します。ウィンウィン! なによりゴミが減って、環境にもやさしい。『売り手よし、買い手よし、世間よし』ですよ。腹を決められたら契約書にサインを。ナニ、一筆名前を書くだけです」

契約書とペンとをそそくさと用意する〇山△男。何が書いてあるのかだけは確かめようと思った。チラリと契約書に目を落とすと、「××株式会社(以下甲とします)は(以下乙とします)と下記事項を内容とする継続的契約を結びます……(以下略)」

おそろしく複雑な文言が並べ立ててあって、それに加えて「準用します」や「〇〇条における『△△』は本条においては『□□』と読み替えます」などという謎の表現もあって、目にしただけで頭がクラクラする。

「ダメだ! 難しすぎる。あまりにも煩瑣すぎて普通の高校生には無理だ」

「ムリもありませんよね。こういう契約の締結は形ばかりの儀式で、いちいち読む人なんかいませんよ。ナアニ、契約書はひな形にチョチョイノチョイと手を入れたにすぎませんから」

憔悴しきった二人。人物を見極めるためにわざわざわざ本社に出向いたのに、〇山△男の話術に丸め込まれてしまった。もういい、早く帰らせてくれ。家に帰ったらバタンキューで寝て……イヤイヤ、それじゃあだらしがなさすぎる。とにかく風呂に入って、あの布団にとびこみたい。干したての日光をたっぷり吸収した三つ折りに重ねられた布団……名前書けばいいんだろ。

これは陽子も同じだった。でも異なるのは彼女が女の子ということだった。メイクを落とさなければならない。顔を洗って、ローションをつけねば。ヘアブラッシングも。

そういう気持ちが働いて、契約書に署名してしまった。

「ありがとうございます。印鑑は数日中に社の者が取りに伺いますので」

〇山△男はニンマリしながらいった。

 

しばらくすると××社から呼び出しがあった。

「もしもし、久志さんですよね? 私、××会社の顧問弁護士Aです。少々お知らせしたいことが」

何だろう?と思って社に向かう二人。すると会社の前に〇山△男と打って変わって、ダークスーツに身を包み、磨き上げられた革靴を履いたカタそうな人物がかしこまって立っている。

「顧問弁護士のAです。すこしお耳に入れたいことがありまして……」

「なんでしょう?」

「貴方方が結んだ契約には適法性に疑義がございまして……」

「適法性にギギ? なんですか、それは?」

ギギって何だ? 脳内で漢字変換すらされない。

「つまりあなた方がなさっていることが違法かもしれないということですよ」

「これを見てください」

スマートフォンの法文アプリを開く弁護士。

「刑法第185条 賭博をした者は、五十万円以下の罰金又は科料に処する」

「これがあるからあなた達の契約は違法かもしれないということです」

「待ってください。なんで賭博にあたるんですか? 納得いきません!」

「たしかに半か丁か賭けて、サイコロを振る、のような典型的なギャンブルではありません。しかし、こういう条文もあります」

スマホを出して別の条文を見せる。

「保険業法98条柱書 保険会社は、第97条の規定により行う業務のほか、当該業務に付随する次に掲げる業務その他の業務を行うことができる。

同条8号 金利、通貨の価格、商品の価格、算定割当量(地球温暖化対策の推進に関する法律(平成10年法律第117号)第2条第6項(定義)に規定する算定割当量その他これに類似するものをいう。次条第2項第4号において同じ)の価格その他の指標の数値としてあらかじめ当事者間で約定された数値と将来の一定の時期における現実の当該指標の数値の差に基づいて算出される金銭の授受を約する取引又はこれに類似する取引であって内閣府令で定めるもの(次号において「金融等デリバティブ取引」という)のうち保険会社の経営の健全性を損なうおそれがないと認められる取引として内閣府令で定めるもの(資産の運用のために行うもの並びに第4号及び第6号に掲げる業務に該当するものを除く)」

「どこに「。」があるかもチンプンカンプンで……こんなのでケムに巻こうという気ですか」

「長い条文はカッコを抜いて、読んでください。でも読まずにお答えします」

「もしA地点から半径何キロメートルが晴れれば、いくらいくらお金を払うというのは将来何が起こるか分からないことを予想してお金を払うかどうか決めるということですから、これは天候デリバティブといって賭博にあたります。しかもわが社は保険会社ではありませんから、先程の条文は適用されず、違法であることに変わりはありません」

納得はしていなかった。でもこれ以上言い募っても余計弁護士Aに翻弄されるだけだろう。

「で……でも、賭博に当たることが分かっていたんだろう? そんなのに未成年者を巻き込むなんて卑怯だ!」

「昔は二十歳前は未成年でした。でも今の民法はどうなっています? 十八歳に達していれば成年でしょう? もう子供だからどうのこうのという言い訳は通用しないんですよ」

「で……でもお前らはこういうことを初めから分かっていたはずだ! それなのにそれを隠して俺たちに近づいてきたなんて卑怯だ!」

「でも100万円に誘惑されて寄ってきたのはあなた達でしょう? あなた達も相当悪質ですよ。身もふたもない言い方ですけど。あなた方もおナワになるやもしれません」

(わななきながら拳を握る)「何が望みだ?」

「警察に言いはしません。今後は無料でやっていただきたい」

「明日のここの天気、予報では雨らしいですよ。期待していますよ……」

ポンポンと肩を叩いて立ち去る弁護士A。悄然と立ち尽くすオレ。

晴れさせる目的、それはみんなの笑顔を見ることだったのに、今では警察の追及の手を逃れるために晴れさせている……やっていることはあいつらの金儲けの片棒を担ぐことにほかならない。完全に自己保身に走っているじゃないか! そもそもオレはみんなの笑顔を見ることを目的としていたのか? はなっから金儲けを目的にしていたのではないか? 疑わしい! あたかも性欲しかないのに、「優しいからパートナーに選んだんです」のような。

 

そんな中、髪の毛を伸ばしっぱなしにしている上着を腰に巻き付けた男が来て叫んだ。

「オイ、お前か! 依頼をホイホイ受けているのは」

「は……はい」

「ここいらで見ない顔だからもしかしたら……と思ったらやっぱりそうか! 水田でこの時期は青々としているはずなのに見てみろ! みんな干上がっているじゃねーか。事実おかしいおかしいと思ってこの地域の降水量を調べたら例年の5分の1だ。ここいら辺は渇水になってしまう! つまりここいらは凶作になり、うちらの暮らしは上がったりだ!」

近くに親子連れが訪れることの多い、草原の広がる公園があったので、よく依頼に応じて晴れさせていた。そんなことも考えずホイホイ依頼に乗っていた。

 

「ねえ。もう警察に言おう」

「本気か!? 俺はどうなってもいいがお前も捕まるんだぞ!?」

「でもこれ以上奴らのやっていることに加担するわけにいかない。水が不足して困る人たちもいるんでしょう?」

俺は念のために法律事務所に向かった。本当につかまって罰されるのか?

「たしかにそういう法律はありますね……」

「じゃあ、やっぱり罰されるということでしょうか!?」

「待ってください。契約を結んだ時あなた方は何歳でしたか?」

「十七歳です。十八歳になる寸前でした。あっそういうことか!」

「そう。晴れるように祈った時点ではなく、契約を結んだ時点が大切なんですよ。契約締結時点に十七歳なら未成年者の契約締結になり、あなたたちの悪性度は著しく減退します。むしろあちらは取引が不法であることを知っているにもかかわらず、知識のない未成年者を取引に誘引しているのですから、あなた方は全然悪くない。むしろ被害者であるといって差し支えない。逮捕されない。されたとしても起訴には至らないはずです」

代表取締役、甲山乙男、弁護士A……ぞろぞろと連行されていった。事件が専門的なのか警察でなく、スーツを着けた検事が場を仕切っている。

俺たちも取調べを受けた。ついでに大目玉を食らった。そんなうまい話転がっているわけないと。起訴されるかとビクビクしたが、不起訴処分に終わった。逮捕もされなかった。

 

もう祈るのは止めた。モクモクと黒い雲が出る。

「『晴れるよ』とは言えなくて、『降るよ』か……」

轟々と雨が降る。驟雨だが、スコールのようだ。ゲリラ豪雨というやつか。庇を見つけたので、その下に慌てて駆け込んだが、バケツをひっくり返したような轟然たる大雨は地面に叩きつけるようで、とうとう撥ねる水は彼らの足下(そっか)を濡らすまでに至った。濡れるのを避けようと、陽子は久志に接近する。彼女の息遣いや心臓の鼓動まで感じられる。俺はドギマギするのを感じた。雨はほどなく止んだ。うれしいようなうれしくないような。願わくば雷でも鳴って、雷鳴が轟いた時にキャッと俺に抱きつくというメルヒェン的な妄想が実現するといいのにと思った。

庇を出てみると空の九分九厘を雲が占めている。でもわずかに一厘空いた隙間から日の光が射しこんでくる。

「美しい……」

まるで三体の天使が鼓笛隊となってファンファーレの中、舞い降りてきたかのように雲はまばゆく照らされ、神々しいばかりである。

「別にずっと晴れさせる必要はないね……」

陽子は独り言ちた。

 

Fin

タイトルとURLをコピーしました