サンタクロースと僕とが出会う時
ベッドにて
「眠れないの?」
「うん」
「ミナミ君のこととか気にしちゃダメよ。いいわ、寝るまで話してあげる」
そう言うと母は歌うように語りだした。
「昔々あなたがこの家にやってくる四年前に、気持ちのよい天気に私は外に出ていました。フト見上げると、抜けるような青い空にポッカリとたった一つ白い雲がありました。その雲の上に何やら動くものがたくさんありました」
母親の語りに引き込まれる透。
「動いている物体は赤ちゃんで、みんな羽根が生えておりました。めいめい遊んでおりました。その中でとりわけ美しいのがあなたでした。私はあなたを欲しいと思うと、家に戻って、金色の長い長ーいそれは長い虫取り網をとって、あなためがけてシャーっと網を振りかざしました。他の天使は一斉に散って逃げていきましたが、あなたはスッポリ網にくるまれてえ羽根をバタつかせて助けを求めました。私はうるさい!とばかりにビリッビリッと羽根をむしり取ってやりました。あなたはカクッと気を失い、目覚めると人間の赤ちゃんになっていました。天使だった時の記憶は羽根を奪われたショックで消え失せてしまったということです」
「ママ、その話ほんとうなの?ウチにへそのおがあって、病院の名前と重さ2614グラムって記してあるでしょ」
「あれはこの世を忍ぶ仮の偽造品でホンモノじゃないの。その証拠に今でも屋根裏部屋に羽根が2枚とっておいてあるんだから。透き通って虹色で美しいのよ。アラ、寝たみたいね」
ママのキスを頬のあたりに感じると、ママはそのまま僕の部屋から出ていった。……しばらくすると僕はパッチリとまぶたを開けた。たぬき寝入りをしていたのだ。怪しまれないよう、以前に読んだ忍者マンガにならって寝息を規則正しくし、つばをゴクリと飲んでのどぼとけを動かしてしまわないよう、少し汚いがわざとよだれは垂れ流しにした。コッソリ歩き、音が下の階に響かないようにする。同じ忍者マンガに書いてあったが、足音を立てないようにするには、つま先から地面に下ろし、それからかかと、真ん中の順に体重を載せるとよいらしい。この方法で歩き、奥の屋根裏のある部屋に行こうとする。
廊下に出てしばらく歩くと人の気配がする。思わず身構えて立ち止まる。向こうもこちらに気づいたみたいで、動く様子がない。しばらくすると暗がりでも目が慣れてきたのか、モコモコの服が見える。サンタクロースに違いない!こっちが声をかけようとする前に向こうから声をかけられる。
「ホーホッホッホ! メリークリスマス!」
「今日はクリスマスだよね。こんな時間に廊下を歩いていたら危ないじゃないか。何をしようとしていたんだい?」
「実はカクカクシカジカで。虹色の羽根を見てみたくって。それから持ち帰りたくって」
こんな暗い中を四歳児がたった独りで屋根裏に上がろうとしていたなんて!
「ダメじゃないか……こんな夜中に屋根裏に行こうとするなんて。いいか?一番悪い子は両親に心配をかけるような子なんだよ。悪い子のところにはサンタは来ないって知っているよね?パパ……じゃなくてサンタさんが見てきてあげる」
「怖くないの?」
「全然。サンタは煙突から入るだろ?おじさん、高いところは得意なんだ!」
サンタ、参ったなあと思いながら屋根裏まで上がる。時間を稼ぐために屋根裏にいようか。
しばしの沈黙。暗黒と無音が広がる。
「ねえ、サンタさん!まだ?」
「待って。今探しているから」
ガサゴソ。初めて音がする。
しばらくして音が止む。ややあってサンタが静かにはしごを下りてきた。
「どうだった?」
「羽根はあったよ」
「でも何も持っていないよ!」
「透くんは『竹取物語』って知っているかな?」
「ま……まあ、題名を聞いたこと位は」
「そのお話の中でかぐや姫は羽衣をかけられ、この世のことを忘れて天界へ飛び去ったという。その羽根も同じだ。もしここで君に羽根を見せたら、透くんは羽根があんまりきれいだから飛びついて触ってしまうかもしれない。そうしたらこの家のことも君のパパのこともママのことも忘れてお空へ行ってしまうかもしれない。それと……」
「それと?」
「君はクリスマスプレゼントにラジコン・カーが欲しいと手紙をくれたよね?(手紙を見せる)」
「あ、いつの間に!」
「こういう手紙は大切だからね。世界中から来る手紙に一枚一枚目を通してプレゼントを一つ一つ用意してんだ。もし直前になって違うものが欲しいと言われたら約束を破ったことになる。いいかい、透くん、約束を守るっていうのはいい子でいるために大切なことだよ」
「いい子でいるためには約束を守る、いい子でいるためには約束を守る……」
「(パンパン、手をはたく音)さあ、パパ……じゃない、おじさんの願いはいい子だから早く寝てほしいということだけだ」
「うん!」
トコトコ。透の後ろ姿を見るサンタ。
これでよかっただろうか?どうか約束を破らない子にはなってほしいと思うのであった。
Fin
[ライタープロフィール]
勝木洋臣(かつき・ひろおみ)
1989年生まれ。大学時代は東京大学合気道部で汗を流す。2014年3月、東大法科大学院卒業、5月の司法試験を目前に控えていた。大学院在学中、予備試験を21位の好成績で合格していたので司法試験の合格は約束されたも同然だった。そのようななか4月にめまいで大学病院を受診したところ、悪性脳腫瘍が見つかりそのまま入院、手術。しかし翌日から覚醒が悪く、手足も自分の意思では動かなくなり、約1年以上意識が戻らず意思疎通ができなかった。1年過ぎた5月ごろ、目を閉じる合図でのイエスノーの意思表示は出来るようになったが、かすかに動く左手の薬指で、「あかさたなスキャン」という方法で簡単な会話が出来るようになった。だが、膨大な時間がかかった。本格的なリハビリが始まり、その後はパソコンも動かせるようになり、司法試験受験を目指すことも夢ではなくなった。長い闘病生活のため、5年間という期限付きの司法試験を受験できたのはたった2回。1回目の司法試験では、試験監督にパソコンのトラブルを伝えるときのなどに「レッツチャット」は活躍。「レッツチャット」はシンプルさゆえ、故障やトラブルもなく、電池でも動くので外出時にとても便利という。2回目の試験では、あと6点で択一試験に合格できるところまでいった。現在は自宅に戻り、リハビリを続けている。少しずつだが、回復し続けている。そのようななか、短篇小説が執筆され、連載にいたった。