湘南 BENGOSHI 雪風録 第40回

三軒茶屋へ贅沢貧乏の新作公演「おわるのをまっている」を観にいった。

駅についてすぐ、私の分かるトーキョーは東京宝塚劇場とそれをとりまくごく狭い範囲だけであることを思い知る。

シアタートラムにたどりつけずに彷徨っていると、ご老人に三軒茶屋駅の場所を聞かれる。確かに私は周りの人の半分のスピードしかでていなかった。

しかし内心の焦り(シアタートラムの場所??もう公演はじまる)から、とっさに「全然」「わかりません」と答えると、ご老人は困った顔をして去っていった。

私は「全然」の代わりに後ろに「すいません」と付け加えれば良かったと後悔した。

ご老人は私のことを冷たい奴だと思って気分を害しただろうか。

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12月1日、藤沢で神奈川県弁護士会主催の講演会「三淵嘉子と家庭裁判所」が開かれた。

藤沢に家庭裁判所出張所を作ろうの運動の一環で、家庭裁判所の意義をみんなで考える趣旨である。

三淵嘉子さんはNHK朝の連続ドラマ「虎に翼」のヒロインのモデル、登壇された本橋由紀さんは三淵嘉子さんを大伯母にもたれる新聞記者さんである。

講演会は実行委員の予想以上に盛況で、「虎に翼」人気を実感した。

ドラマの中で少しだけ出てくる、三淵嘉子さんの義父にあたる三淵忠彦さんについても紹介がされた。この人もすごい人である。なんといっても初 代 最 高 裁 判 所 長 官である。

長官時代の文章を中心に、1950年に「世間と人間」という書籍を出版しており、本橋さんがお母様と一緒にこの本を近年復刻されたとのことで、私もこの機会に読んでみた。

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「世間と人間」には小話が多く収められている。

三淵長官のもとに南米から生きたワニが送られてくる。それを庭(ちなみに渋谷)で飼うのだが、そのワニがだんだん大きくなってきて他所の家の子どもを噛む。この話が本の一番最初に出てくるのである。まあまあなトラブルや。

ところが、三渕長官は別の小話で、自分は他人に訴えられたことはないし、おそらく今後も訴えられることはないだろうと書く。ワニのインパクトがまだ消えない私の目には、三淵長官は根拠のない自信を持っているタイプなのかと映った。

そうかと思えば、自分の病気がちの子ども(年表で見たら先妻を病気で亡くした後、再婚した妻との間に生まれた小さな子どもだった)が早逝する話と、この子どもがかわいがっていた目白を空襲で助けられなかった話をものがたりのように「です・ます」調で書いていた。空襲で死んでしまった目白のことを「とうとう殺してしまいました」と書いていた。これには読んでいて心がしんとした。

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一体に裁判官は人に私的な顔を、特に弱みを見せない職業だと思う。

弁護士はTwitterにもyoutubeにも色々いるが、裁判官で名前を隠さず自分の私的な顔を発信している(た)人というのは私の知る限り岡口基一(元)裁判官くらいである。

三淵長官は美しい暮らしの手帖(現・暮らしの手帖)にも文章を寄稿していたそうで、当時の裁判官の発信の幅広さを意外に思った。

そしてその内容についても、自分のワニが他人を噛んだ話もそうだが、身悶えるような不甲斐なさやりきれなさの話を、人の目に触れる書籍に書いていることを意外に思った。

こういうことを他人の目に触れる形で書いている裁判官は当世にはなかなかいないだろうけれども、そうだとしてこういうことを当世の裁判官が経験していないわけではないだろう。

講演会後、最近の裁判官たくさん辞めちゃってる問題が(その実態が正直あんまりわからないまま)話題にあがったりした。例えば裁判官の異動を関東限定とか関西限定とかにできないのか?

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三軒茶屋の舞台上では、弱っている人と元気な人、ケアを受ける人と(ケアを受ける側からすればなんだかずれたものであっても)ケアをする人がふとしたきっかけで入れ替わりうることが示唆されていて、私はその表現の巧みさに一番感嘆した。

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