湘南 BENGOSHI 雪風録 第41回

今年もよろしくお願い致します。精進します。

新年、大相撲に連れてっていただいた。

両国国技館での一月場所である。

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15時過ぎに着いて幕内の土俵入りを見る。観客席にはもうかなり人が入っていて、しかしビールを片手に席に戻ってくる人や反対に取組前に何か買おうという人の出入りでやんやんざわざわしている。

化粧まわしをつけた力士がぞろぞろ出てきて順番に土俵にあがっていく。

観客席は、四角錐を逆さにした形で、その底に土を盛り上げて土俵が作ってある。

選ばれし砂かぶり席のわずかな観客を除いては、皆すこし高いところから恭しく盛り上がる土俵の上の力士をまなざす。

手練れの観客(?)は思い思いに力士の名前を叫んだり、声援を送ったりする。推しの力士のもたらす熱狂。しかし力士は顔色を変えない。堂々としている。

大勢から大声で名前を呼ばれる力士がいれば、ああこの力士は人気者なのだとわかるし、少し声援が小さい力士がいればがんばれあなたも幕内や!という気持ちになって却ってその力士が心に留まったりする。

お隣のマス席は和装で正座しているし、反対側では力士にやたら詳しいキッズが興奮気味に推しの名前を復唱しているので、お相撲に明るくない私は最初のうち若干怖気付いているけれども、次第に観客みんなで力士を見ているという連帯感が生まれてどんどん目が惹きつけられ、気持ちが高揚してくる。

舞台に向かって観客が横並びに同じ方向を見る芝居とは違って、みんなで四方から同じ目標をながめるのが連帯感に影響しているんだろうか…等と考えたりした。

土俵入りが終わるといよいよ取組が始まる。入場時にもらった星取表を眺めてこっちから出てくる力士は誰で、反対側から出てくる力士は誰、と確認する。

土俵に上がった力士は、すぐに取組みはしない。

各々が塩を撒いたり、四股を踏んだりする。

それもまあまあ長い時間をかけるし、塩を繰り返し撒いたりする。

テレビで見るのとは不思議に違ってこの目で見る力士はものすごく大きい。

その大きな力士が二人、向かい合って、全く無言のまま、しかし調和したタイミングでゆっくり動く。言葉のないままおもむろに塩を撒いたり、それぞれのやり方で体を叩いたりして気合いを入れる様子は、何か強くてものすごく大きな動物のドキュメンタリーを見ているような感覚になる。すなわち、まわししかつけていない力士が、怖気もせずあわてもせず、気持ちを整えた上で相手と決着をつけようという様子は、なにか動物的・野生的の感じがする。

観客は、力士の名前の書かれたタオルを掲げたり、声援を送ったりして、さらに盛り上がっていくけれど、さながらそれは外野のさざめきで、力士は自分の力に依って勝敗へ立ち向かっていく。

土俵の上で、その緊張ののぼり詰めた上で始まる取組が、早々にぺたりと土に手が着いてしまった、という結末だと観客は如実にスゥとなる。やっぱりばっと組んで土俵の上で押し合いになった上ついにどっちかがどっちかを押し出す取組や、体格の大きな相手が投げられて大きく動きがあるのが最高潮に盛り上がる。そしてこれは宝塚と一緒で、顔と名前がわかってきたときに余計にハマるやつだ。

弁護士稼業も取組のようなところがあるから、ここから仕事に何か通ずるものをと言えると、この原稿も格好がつくのだけれど、ただ私は何も知らない故のただの器になってお相撲をみた。楽しかった。

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ところで、国技館の中はかなりエンタメが充実している。

ちゃんこを食べられる食堂があるし、親方(?)の方がレジをやっている売店もある。

レジの決して広くはないスペースに座っている親方の人をみて、私なんかはああやっぱり元力士は大きいなあと思うくらいだが、これが相撲ファンだったら推し(しかも現役を引退してもなおお相撲の世界で輝いているいわばレジェンドになった推し)にレジしてもらえるわけだから、目も合わせられないだろなと思う。かわいらしいひよの山チケットホルダーなんか親方の人に軟派と思われるんじゃないかと思って却って買えないかもしれない。まあその親方の人がひよの山チケットホルダーを売ってるのですが。

グッズはかなり充実していて笑いを取りに行こうとするものもたくさんある。

紅茶のパックに力士が印刷された紙型がくっついていて、カップにセットしてお湯を注ぐと、力士がカップの紅茶に「良い湯だな」の塩梅で浸かる紅茶のパックを買った。紙型に印刷された5人の力士はみな明るい。特に宇良ちゃんがかわいい。

しかしこの紅茶のパックを渡した人が、昔は力士は笑わなかったと言った。CMに出るのも禁止されていた時代があったというので驚いた。

相撲に詳しくない私でも、遠藤関の永谷園のCMを記憶している。

遠藤関がニコニコしていた。遠藤関は笑っているが果たして冷たいお茶漬けは美味しいのだろうかと不審に思ったのでよく覚えている。武蔵丸関もハニカミ笑顔だった記憶がある。つまり試合での顔とは別に力士も人間なのでニコニコしてますし可愛いグッズも好きです、その延長上の紅茶パックだと思っていた のだ。

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ここで、坂口安吾の「青鬼の褌を洗う女」を思い出した。

主人公に結婚してくれという力士が出てくる。

この力士の作中での力士評が、主人公の語り口で語られるけれども、これが主人公のキャラクターから脱線するほど熱っぽい。単に作者はお相撲が好きなんだなと思っていた。

この力士は取組に負けてくよくよし、主人公に相手にされずくよくよしている。私はこの小説が好きで、何度も読んだけれども、その時の私はお相撲を見たことがない私で、私の中の力士はにっこり永谷園だったから、この力士の弱気なキャラクターに意外性はなかった。

しかしこの小説が書かれた1947年、この力士のキャラクター自体が、読者の目を引くものだったのだろう改めて思った。

そして『日本文化私観』や『堕落論』を書いた坂口安吾が、戦後の人間の生きる様子を描くこの小説に、力士を登場させた理由が、今年の一月場所に行ったことで初めてわかった(気になった)。

[ライタープロフィール]

山本有紀(やまもとゆき)

弁護士

所属事務所: 湘南合同法律事務所

所在地: 神奈川県 藤沢市藤沢551-1 日進ビル7階

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