第2回 Bienvenidos a España
文・写真 伊藤ひろみ
外国語学習に年齢制限はない!――そう意気込んで、国内でスペイン語学習に挑戦したものの、思うように前進しない日々が続いていた。そんな停滞に歯止めをかけるべく、現地で学んでみようとメキシコ・グアナフアトへと向かったのが2023年2月。約1か月間、ホームステイをしながら、スペイン語講座に通った(くわしくは、「もう一度、外国語にチャレンジ! スペイン語を学ぶ ~メキシコ編~」をご参照ください)。
1年後、再び短期留学を決意する。目指したのはスペインの古都トレドである。
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<第2回> Bienvenidos a España
2024年に入り、がぜん忙しくなった。航空券を手配したり、滞在先と日程調整をしたり、スペイン・トレド(Toledo)行きの準備に追われた。約1か月間留守にするため、その間の仕事や身の回りの雑事など前倒ししてこなさなければならない。気合満々で取り組む日もある一方、「あれこれ面倒くさいなぁ。行くのやめようかなぁ」という気持ちになったりもする。若い時は、常に新しいことへのチェレンジに目を輝かせていたし、それが苦だとも面倒だとも感じなかったのに。年を重ねることは、怠惰や意欲減退との闘いなのかもしれない。
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トレドの旧市街は1986年、世界文化遺産に登録された。奥に見えるのが旧市街
加齢とともにこたえる長距離フライト
1月31日に日本を出発し、ドバイ経由で翌2月1日にマドリッド(Madrid)に入る。成田―ドバイが約12時間、ドバイーマドリッドが約8時間という長いフライトである。ロシア―ウクライナ戦争でヨーロッパへの飛行ルートに制限があること、乗り継ぎやコストなど、あれこれ検討したうえでの選択だったが、この飛行時間はさすがに体にくる。格安航空券を手に南回りの2回トランジッドでヨーロッパへ、そんな旅をしていたころが懐かしい。(かつては成田―マドリッド間の直行便があったが、コロナもあり、出発時点では運航していなかった。2024年10月27日からは、イベリア航空が直行便を再就航している)。
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トランジットで利用したドバイ空港は超がつくほど広くモダンな造り。ショップのディスプレイも興味深い
ちなみにMadridは日本語でどう表記するか。マドリードと書かれているのをよく目にするが、英語式だとマドリッド。スペイン語だと、語末のdはとても弱く発音する(もしくは発音しない)ので、マドリッ、というのが原音に近い。だが、この表記で日本語母語話者に正確に伝わるだろうか。日本語の「ド」は[do]だが、スペイン語では[o]を入れて発音してはいけない(英語でも同様)。外国語の発音を日本語に置き換えるのは、本当に悩ましい(この連載ではマドリッドと表記する)。
見知らぬスペイン人に助けられて
閑話休題。長いフライトを経て、スペインの玄関口、アドルフォ・スアレス・マドリッド・バラハス空港に無事たどり着いた。到着ゲートは旅行者や団体名を書いたシートを掲げた出迎えの人たちでごった返している。私の名前はないかと目をこらすのだが、なかなか見つからない。ドライバーが、ここで待っているはずなのだが……。
マドリッドからトレドまでは、あらかじめ車を手配していた。電車やバスで動く方法もあったが、疲れた体に荷物を抱えての移動であること、不慣れな場所でうろうろするリスクも考えたうえでの選択である。費用はかさむが、時間と安心を優先した。
すぐそばにいた若い男性に声をかけてみた。ドライバーの名前と電話番号を記したメモを片手にスペイン語で質問する。彼は語学学校の生徒を迎えに来ていたスタッフのひとりのようで、こちらがスペイン語に不慣れな外国人だとわかり、英語で返してくれた。私がおたおたしていたのを見かね、「彼に電話してあげるね」と助け船を出してくれたのである。彼のおかげでドライバーとつながり、無事ご対面。よかったよかった! こういうときの親切は、本当にありがたい。
マドリッドからトレドまでは車で1時間あまり。午後3時半過ぎ、ホームステイ先に到着した。
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旧市街の一角、静かな住宅地にあるマルタさんのアパート
トレドで家族たちとの日々が始まる
トレドの旧市街、玄関先で待っていたのはマルタさん。玄関ドアを大きく開けると、元気いっぱいのラブラドール犬が飛び出してきた。はしゃごうとする犬を抱きかかえ、満面の笑みで迎え入れてくれた。
「ここがあなたの部屋よ」。玄関横の部屋に案内された。マルタさんは共同住宅に住んでいる。1階は駐車場、2階には別の2家族、マルタさんと同じフロアの3階にはもうひとつ別所帯が住んでいる。エレベーターはなく、階段での上り下りになる。私の部屋は8畳大くらい。隣はバスルーム、その先にはキッチン、リビングダイニング、奥には別の部屋がひとつ。キッチン横の内階段を上ると、上の階にも3つの部屋とバスルームがある。マルタさんは、現在夫と娘の3人で暮らしている。私のほかにもうひとり、ホームステイしている学生がいるらしい。
鍵の受け取りと施錠、食事の時間やルールなど、いままでのところ、なんとかスペイン語で質問したり、場をつないだりできている。マルタさんも私のレベルに合わせて、ゆっくりはっきり話してくれる。わからないときはわからないとはっきり言うようにとのアドバイス。家のことについてやりとりするだけでも、スペイン語に集中しなければならず、エネルギーを要する。はー、疲れたぁ!
一息ついたあと、自分の部屋で、ごそごそ荷物の整理を始めた。作業の途中、睡魔に襲われ、そのまま倒れこむように眠ってしまった。
「ヒロミ、晩ごはんできたよ~」ドアの向こうで声がする。マルタさんだ。時計は午後9時5分を指していた。
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窓から中庭が見えるプライベートルーム
[ライタープロフィール]
伊藤ひろみ
ライター・編集者。出版社での編集者勤務を経てフリーに。航空会社の機内誌、フリーペーパーなどに紀行文やエッセイを寄稿。主な著書に『マルタ 地中海楽園ガイド』(彩流社)、『釜山 今と昔を歩く旅』(新幹社)などがある。日本旅行作家協会会員。