第4回 家でも町でも、おしゃべり×おしゃべり
文・写真 伊藤ひろみ
外国語学習に年齢制限はない!――そう意気込んで、国内でスペイン語学習に挑戦したものの、思うように前進しない日々が続いていた。そんな停滞に歯止めをかけるべく、現地で学んでみようとメキシコ・グアナフアトへと向かったのが2023年2月。約1か月間、ホームステイをしながら、スペイン語講座に通った(くわしくは、「もう一度、外国語にチャレンジ! スペイン語を学ぶ ~メキシコ編~」をご参照ください)。
1年後、再び短期留学を決意する。目指したのはスペインの古都トレドである。
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<第4回> 家でも町でも、おしゃべり×おしゃべり
トレドの町歩きは毎日がエクササイズ
スペイン・トレドのホームステイ先、マルタ宅は旧市街の北の端に位置している。大聖堂や博物館、レストランやみやげもの店などがある旧市街の中心へ行くには、まずは坂を上らなくてはならない。また、細く入り組んだ道が多く、迷いやすい。前回の滞在先、メキシコ・グアナフアトもそうだったが、迷路のような町のつくりに慣れ、スムーズに目的地に移動するためには、いくぶん慣れが必要である。さらに、どこもかしこも石畳の道なので下半身への負担が大きい。日本ではアップダウンのある場所に住んでいないし、上り下りが必要な場合は、エレベーターやエスカレーターの恩恵にあずかることが多い。事情がまったく異なるトレドでは、ちょっと動くたびに、息を整えたり、休憩したりすることになる。情けない話だが、つまるところ、普段から足腰の鍛え方が足りないのだ。トレドはグアナフアトと違って、高地ではないのがせめてもの救いだった。
買い物は商品を買うためだけにあらず
土曜の朝、「ヒロミもいっしょに行く?」とマルタが尋ねた。これから食材などを買いに、旧市街の店をいくつかまわるらしい。ショッピングバッグを手に、彼女のお供をすることになった。
坂道も入り組んだ細い道もマルタにとっては毎日の暮らしの一部。戸惑うこともなければ、立ち止まることもなく目的地を目指す。
まず向かったのはパン屋さん(panadería)。人気の店のようで、すでに長い列ができていた。甘く香ばしい匂いが店内いっぱいに漂い、どれを食べようかと悩んでしまうほど。ガラスケースには、タルトやマフィン、スポンジケーキなどのスイーツも並んでいて、思わず日本語が出てしまう。「おいしそう!」
客たちは、ひとりずつ店員に自分のほしいものを言って取ってもらい、それぞれ精算するという流れなので、対応に時間がかかる。順番待ちをする人の中から、マルタは知り合いを見つけたようで、おしゃべりを始めた。そんなふうに待っているのは、彼女だけではない。皆店員たちと、あるいはここで出会った隣人たちと、挨拶をかわしたり、近況を報告しあったりと会話に花が咲く。慌てず、騒がず、待つことを受け入れている。
マルタはいつもの胚芽パンとチョコレートケーキを頼んだ。紙袋に入れてもらったパンを抱えると、まだほんのり温かかった。
知らない言葉だらけでタジタジ
2軒目は魚屋さん(pescadería)へ。トレドは内陸部にある都市なので海からは遠い。そのため、魚は期待できないだろうとふんでいたのだが、予想に反した品ぞろえだった。ゴム手袋、ゴムエプロン姿で接客している男女がいて、夫婦で商っている店のようである。マルタは彼らに挨拶し、日本から来た新しい滞在者だと私を紹介した。すると、「日本のどこ?」「日本人が好きな魚は何?」と矢継ぎ早にスペイン語の質問が飛んでくる。日本語でも魚の名前は詳しくないのに、スペイン語で説明するなんてハードルが高すぎる!
ここでもマルタは店員とのおしゃべりに熱が入る。挨拶くらいは聞き取れたが、途中から展開した話題はさっぱり。早く日常会話に慣れることが必要だと痛感する。マルタは、イカ、ツナ、ムール貝を購入。現金で支払っていた。
次は八百屋さん(verdulería)に行くよとマルタが言った。魚屋さんのすぐ近くにある個人商店。ここでも彼女は顔なじみのようなので、店主の男性と挨拶し、会話を交わす。他愛ないおしゃべりをしながら、主婦マルタの鋭い目で店頭に並ぶ商品を品定めしている。この日は、レタスやトマトなどのサラダ用の野菜、イチゴ、マンダリンを買った。
いつでもどこでもおしゃべりを楽しむ
マルタが普段買い物をするのは、もっぱらこのような個人商店である。旧市街には大型のスーパーはない。カルフールというフランス系のスーパーがあるにはあるが、店の規模が小さく、品ぞろえも少ない。メインの通りなどには、何軒かコンビニもあるが、日本のような便利さはなく、あくまで飲み物やお菓子などを買うための店に過ぎない。
普段、私はスーパーやコンビニを利用することがほとんど。日本では商店街がさびれ、多くの個人商店が消え、マルタのようなショッピングスタイルは、もはや過去のものとなりつつある。特に、コロナ以降無人レジも増え、誰ともひとことも会話をかわさずに買い物を終える日も少なくない。マルタにとっては、そんな買い物は買い物とは言えないのだ。
前回書いたように、初日から夕食時の家族の会話に圧倒されたが、買い物においても会話量が半端ない。店員と、あるいは店で会った隣人と、買い物そっちのけでやりとりしている。おそらく頻繁に会っている相手だろうに、そんなに話題があるのだろうかと心配になるくらいだ。
日々店頭に並ぶ商品をチェックし、店員と商品について尋ねたりしながら、必要とするものを上手に手に入れる。モノを選ぶ目が肥えるだけでなく、同時に口も鍛えられるようである。
[ライタープロフィール]
伊藤ひろみ
ライター・編集者。出版社での編集者勤務を経てフリーに。航空会社の機内誌、フリーペーパーなどに紀行文やエッセイを寄稿。主な著書に『マルタ 地中海楽園ガイド』(彩流社)、『釜山 今と昔を歩く旅』(新幹社)などがある。日本旅行作家協会会員。