第10回 スペイン・トレドでの「ハレ」と「ケ」
文・写真 伊藤ひろみ
外国語学習に年齢制限はない!――そう意気込んで、国内でスペイン語学習に挑戦したものの、思うように前進しない日々が続いていた。そんな停滞に歯止めをかけるべく、現地で学んでみようとメキシコ・グアナフアトへと向かったのが2023年2月。約1か月間、ホームステイをしながら、スペイン語講座に通った(くわしくは、「もう一度、外国語にチャレンジ! スペイン語を学ぶ ~メキシコ編~」をご参照ください)。
1年後、再び短期留学を決意する。目指したのはスペインの古都トレドである。
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<第10回> スペイン・トレドでの「ハレ」と「ケ」
ダビッドは理想の夫?
トレドのスペイン人宅は予想以上に居心地がよかった。これまで何人かの外国人滞在者を受け入れてきただけに、対応のつぼを心得ている。ありがたいことに、ホストマザーのマルタが世話好きで、とても気が利く人だった。市役所で働くかたわら、主婦、ホストマザーもこなす。
驚いたのは、彼女が午後、一時帰宅する日があるということ。2時過ぎに家に戻り、また4時前後に職場に向かう。夕刻から午後7時くらいまで、さらに2~3時間働くという。仕事が忙しくて一時帰宅できない日もあるようだが、ほぼ毎日帰ってくる。お昼休みが長くとれるというスペインならではの生活時間に加え、自宅から職場まで徒歩10分ほどで行き来ができるという好条件がそろってのことだろう。マルタの帰宅時間に合わせ、昼食は午後3時ごろになることが多く、夕食は午後9時前後。私の腹時計からは2~3時間ずれていたので、この点においてはなじみにくかったのだけれど。

ひとり何役もこなし、多忙なマルタ。この建物内に彼女のオフィスがある
そんなマルタを支えるのは夫のダビッド。彼の家事貢献度が実に高い。台所に立って、マルタといっしょに、ときに彼ひとりでせっせと料理する。しかも、食後はあとかたづけまで完璧にこなす。きれい好きで、しょっちゅう掃除機をかける。買い物へも行くし、犬の散歩もする。片づけたり、ごみを捨てたりと体を動かすことをいとわない。まさに夫のカガミ、すばらしい!
彼もフルタイムで仕事をしていて、家のことまでやりたくない日もあるだろうに。だが、仕方なくやっている、やらされているという雰囲気はまったく感じられない。互いに協力して働き、生活を支え、外国人滞在者を受け入れ、日々楽しく過ごす。ダビッドのようにまめに家事をする夫はスペインでも一般的ではないようだが、いっしょに台所に立つ彼らを眺めているだけでも、なんだか幸せな気分になる。

マメな夫のおかげ? いつもすっきり片付いているキッチン
歌って、踊って、陽気に過ごす夜
ある日の夕食時、マルタがこう切り出した。「明日の夜はカーニバルがあるから、見に行かない?」ここからすぐの通りでパレードが行われるらしい。楽しそう!

開始を待つ観客たち。思い思いの衣装を着た子どもたちが大はしゃぎ
翌日の午後6時過ぎ。マルタとダビッドと連れだってカーニバル会場へ向かう。レコンキスタ大通りには、すでに大勢の人が繰り出していた。通りの両側には多くの椅子も並べてある。すでに陣取り合戦が始まっているようで、みんな席を確保してスタンバイ状態。なんとか1つ空き席を見つけたマルタが、「ヒロミがすわって」と譲ってくれた。彼らはご近所さんたちや知り合いを見つけ、次々とハグしたり、挨拶したり。さらに、おしゃべりに花が咲く。動物や恐竜、スーパーマンなどの衣装を着た子どもたちが駆け回っている。
ちょうど日が落ちたころ、パレードの音楽が聞こえてきた。まずは先導車が通る。さらに、ダンサーたちが踊りながら、通りを進んでいく。それぞれグループごとにテーマがあるようで、山車の飾りつけ、音楽、ダンサーたちの衣装や踊り方など、いずれも個性豊か。一団が過ぎれば、また次の一団。大人も子どもも、みんないっしょに踊り、歌う。

Policiaと書かれたパトカーも出動し、パレードを先導。ここでも日本車が活躍していた
なんだかディズニーランドに来たみたい。エレクトリカルパレードの大規模版といったところ。観客もノリノリで、派手に、陽気に、めいっぱい楽しむ。ちょっとした非日常感覚を味わえる特別な夜。

かごのようなものに入り、くるくる回りながら行進したグループ。テーマはアラビアンナイト?
カルナバルの本当の意味とは?
カーニバルはスペイン語でcarnaval(カルナバル)と言う。単なるお祭り騒ぎや派手な行事ではなく、カトリックとつながる宗教的イベント。イエス・キリストが復活する日の46日前から復活日までは、肉食を控えたり、節制したりして静かに過ごす期間とされている。その禁断の期間の直前に行われるのがカルナバル。思い切り羽目を外し、きたる日に備える、というのがもともとのならわしだったようである。だがいまや、カトリック信者であってもこのルールを忠実に守る人が少なくなっているうえ、カルナバルがイベントとしてひとり歩きしていると言えなくもない。有名なブラジルのサンバカーニバルは観光資源としても価値が高く、多くの観客を呼ぶ一大イベントだが、宗教的意味を意識する人がどれほどいるかは、かなり疑わしい。
ちなみに、マルタたちは熱心なカトリック信者とは言いがたいようで、教会にも行かないし、食事の前にお祈りもしない。禁断の期間もまったく気にせず、いつも通り肉食を続けていた。一方、同居中のアメリカから来たフアンは敬虔なカトリック信者。この期間の肉食禁止をきちんと守り、食卓に出てもいっさい口にすることはなかった。

子どもから大人まで、みんなで楽しむカルナバル。通りは夜遅くまでにぎわっていた
[ライタープロフィール]
伊藤ひろみ
ライター・編集者。出版社での編集者勤務を経てフリーに。航空会社の機内誌、フリーペーパーなどに紀行文やエッセイを寄稿。主な著書に『マルタ 地中海楽園ガイド』(彩流社)、『釜山 今と昔を歩く旅』(新幹社)などがある。日本旅行作家協会会員。