「起業」女子 〜コロナ禍でも前向きに生きる〜 第10回

結婚、出産、転勤、転職、さらに離婚、再婚……。さまざまな人生の転機に、生き方や活躍の場を模索する人たちは多い。しかし、自身で新しくビジネスを立ち上げるのは、容易なことではない。近年、自らの夢を叶えるべく起業した女性たちを取材。明るく前向きに努力を続ける姿は、コロナ禍における希望の光でもある。彼女たちの生の声を聞き、その仕事ぶりや日常に迫る。

芸術の力を社会へ」をモットーに新機軸に挑戦する
each tone 最高経営責任者
柿田京子さん

取材・文 伊藤ひろみ
写真提供 each tone

 

each tone合同会社 は、2022年1月、開業丸1年を迎えた。最高経営責任者は柿田京子さん(56)。芸術が持つ可能性で社会課題を解決したいという壮大な構想のもと、新規ビジネスを立ち上げた。起業のきっかけは、東京藝術大学DOOR(福祉と芸術をキーワードにした履修証明プログラム)を受講したこと。多様な人々が共生できる社会を目指し、東京藝術大学の学生と社会人が一緒になって学ぶというユニークなプログラムだった。2019年に入学し、3期生となった当時の心境をこう語る。「進学の際、芸術に進みたかったのですが、芸術では食べていけないという周囲のアドバイスに気後れして…。以来、芸術はあくまで趣味として向き合ってきました。きっと私の中でくすぶり続けていたんですね」

 

2年目を迎えたeach tone。新しい時代の価値創造を目指し奮闘する柿田さん。

大学卒業後、NTTに就職。民営化直後に、海外進出事業に従事した。その後、NTTインターナショナル情報通信本部に移り、国際通信システムの分野でキャリアを積んだ。プライベートでは、大学時代からの婚約者と結婚。公私ともに多忙な日々が続いた。

夫がMBAを取得するため渡米したのを機に離職し、柿田さんもアメリカで学生生活をスタートする。同じ大学に通ったのかと思いきや、夫はニューハンプシャー州のビジネススクール、彼女はテキサス大学へ進学。アメリカでそれぞれの生活拠点を持ちながら、お互いに行き来するというユニークな選択をした。ちょうど1年目の課程を終えたころ、第1子出産のため、大学を休学。アメリカで長女を出産し、夫とともにニューハンプシャー州で暮らした。

1年後、家族そろって帰国し、再び学生に。慶応義塾大学大学院政策メディア研究科で、ITを活用した新しい働き方などの研究に取り組み始める。その間に次女が誕生した。家庭との両立に腐心しながら、修士課程を修了し、某シンクタンクに職を得る。だが、事態は急展開。「子どもが二人いることがわかり、それが理由で内定取り消しなったんです」。このときすでに、3月中旬だったという。

そこでめげなかった柿田さん。可能性がありそうな企業を探し、履歴書を送りまくった。その中から声がかかったのが、アンダーセン・コンサルティング(現アクセンチュア)。同じ轍は踏むまいと、子どものことも伝えたうえで内諾を得た。「今では考えられないことですが、まだそういう時代でした」と穏やかに語ってくれたが、当時はその理不尽さに打ち震えたことだろう。だが、気持ちを切り替え、すばやく次の行動を起こす。さすがである。

コンサルティング企業のクライアントとして接点を持ったのが、かつての上司が会長を務めるNTTドコモだった。再び声がかかり、2001年からはNTTドコモに転職。国際化のための戦略策定や人材育成に尽力した。また、女性活躍推進の旗振り役を務めるなど、多方面に活躍の場を広げた。さらに2004年、日産自動車へ招かれ、そのころ辣腕をふるったカルロス・ゴーンのもとで人事改革を行うなど、グローバル企業として再生する企業に飛び込み、第一線で活躍し続けた。10年ほど勤めた後、フリーランスの経営コンサルタントとして独立。3年前、東京藝術大学DOORに参加し、新ビジネスへとつなげていく。

このプロブラム修了生はすでに300人以上。彼らがネットワーキングできる場を提供し、プロジェクトベースで、活動を続けている。東京・巣鴨にシェアオフィスを借り、開業資金は、創業メンバー3人で持ち寄った。

 

プロジェクトスタッフのみならず、多くの人に支えられていることを実感する日々。人と接する時間を大切にしている。

 

最初に取り組んだのは、「víz PRiZMA」(ヴィーズ プリズマ)という祈りをテーマにしたサービス。墓守ができない、実家の仏壇の処理に困るなどの声をあちこちで耳にしたことがきっかけとなった。新しいビジネスモデルは、個々人が持つ目の虹彩をデータ化し、それをデジタルアートに変えて、バーチャル空間に保存するというもの。今の時代ならではの、祈りの場の提供である。

次なるプロジェクトとして、認知症患者との共存システムなども計画中だとか。また、ハンガリーワインのプロモーションにも取り組みたいと話す。アクセンチュア勤務時代に産んだ三女がバレリーナを目指し、ハンガリーに留学するなかで得たビジネスチャンスである。

 

víz PRiZMAのお客様が制作した作品(上左)と制作の様子(上右) ワークショップ会場にてお客様と(下)。

 

 

3人の娘を産み育てながら、仕事と向き合ってきた。「仕事は時間ではなく、中身で勝負」ときっぱり語る。限られた時間で効率よく仕事をこなし、きちんと成果を出すことで、存在感を示してきた。アクセルとブレーキを上手に踏み分けながら、仕事も家庭も、そして学びも遊びもフル回転で取り組む。これまでも、そして、これからも。

既存の発想、仕組み、サービスなどを越え、社会の課題と向き合い、それをビジネスに結びつけようと奮闘する日々。高い理想をどう具体化するか、柿田さんのチャレンジが続く。

 

2020年、劇団東俳に入所。「真夏の夜の夢」で、王国の官房長官を演じた。

 

 

each tone 合同会社
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https://each-tone.com/

 

 

[ライタープロフィール]

伊藤ひろみ

ライター・編集者。出版社での編集者勤務を経てフリーに。航空会社の機内誌、フリーペーパーなどに紀行文やエッセイを寄稿。2019年、『マルタ 地中海楽園ガイド』(彩流社刊)を上梓した。インタビュー取材も得意とし、幅広く執筆活動を行っている。立教大学大学院文学研究科修士課程修了。日本旅行作家協会会員。近刊に『釜山 今と昔を歩く旅』(新幹社)。

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