赤毛のアンのお茶会 第35回

第35回 なぜアンは「夕暮れ時」にグリーン・ゲイブルズにやってきたのか?

南野モリコ

 皆さま、メリークリスマス! 今年も本コラムをお読みいただき、ありがとうございました。今月は1年が暮れていく12月でもあることから、『赤毛のアン』と「夕暮れ」について深読みしてみました。今年1年間、本コラムをお読みくださった方も、初めましての方も、紅茶片手に気楽にお楽しみくださると嬉しいです。

 

『吉村和敏PHOTO BOX プリンスエドワード島 七つの物語』吉村和敏(講談社、2008年) 写真:南野モリコ

 

アンがアヴォンリー村にやってきたのは、夕方7時頃?

『赤毛のアン』は、プリンスエドワード島キャベンディッシュをモデルとしたアヴォンリー村に住むマシューとマリラ兄妹のところに「男の子と間違って」女の子のアンが送られてくるところから、物語は始まります。

アンがマシューの馬車に揺られて、アヴォンリー村にやってくる道中、《喜びの白い道》や《輝く湖水》など、村の美しさに言葉をなくすほど魅了されています。

しかし、考えてみてください。マリラはリンド夫人に、アン(この時は男の子が来ると思っていたけれど)が「5時半の汽車」でブライトリバー駅にやってくると話しています。アンがアヴォンリー村にやってくるのは、朝ではなく、一日が終わる時間帯なのですよね。

マシューが駅に到着したのは、駅長いわく「5時半の汽車がとっくに出てから」。(アニメ世界名作劇場『赤毛のアン』第1話のこの場面では、駅の時計は6時10分)

そしてアンは、駅からグリーン・ゲイブルズまで「8マイル(約12・8km)」だとスペンサー夫人に聞いたと言っています。

マシューの馬車は一頭立てです。2人分の重量と地形のアップダウンも考慮に入れて平均時速10キロとし、仮に6時にブライトリバー駅を出たとすると、アヴォンリー村にさしかかるのは早くても7時頃と思われます。

 

それなのに、《輝く湖水》について「池の端から琥珀色の砂丘が連なってのび、さらにその先は紺青の湾だった。池はとりどりに色を変えながら輝いていた。サフラン色、薔薇色、清らかな緑色」など、水の色ひとつとっても具体的に色鮮やかに描写されています。午後7時という時間になっても辺りの様子がひとつひとつはっきり分かるくらい、明るいということになります。

これは単に「お話だから」の一言で片づけられるマジックではなく、実際にプリンスエドワード島の日没時間が遅いことが関係してくると思われます。

サイト「日の出日の入り検索」で調べてみると、2022年6月1日のプリンスエドワード島州シャーロットタウンの日没時間は20時59分。同日の東京の日没時間は18時58分です。プリンスエドワード島は、日本より約2時間も夕暮れの時間が長いのです。

第2章の夕焼けに染まるアヴォンリー村のゆったりと時間が流れる描写は、6月のプリンスエドワード島の日没時間が遅いために生まれたのでしょうね。ま、単なる一読者の深読みですけどね。

 

『赤毛のアン』は、アンがグリーン・ゲイブルズを「ホーム」にしていく物語

『赤毛のアン』全38章の中には、夕暮れ時の場面だと思われるエピソードが大小合わせて38か所あります。物語の中でアンは11歳から16歳。人生スタートしたばかり、希望に溢れる少女の物語にしては、人生の黄昏時のイメージもある夕暮れの場面が多いのはとても意外ですよね。

意外とはいえ、重要なできごとの多くは夕暮れ時に起こっています。リンド夫人から放たれた「赤毛でみっともない」との無礼な暴言も、「1ダースの男の子よりアンの方がいいよ」という、文学史に残ると言ってもいいマシューの名言も、夕陽に染まる村を背景にしています。

アンが一日のできごとをマシューやマリラに話して聞かせるのも太陽が沈む前の農作業の時間でしょうし、マシューのお墓参りの帰りに偶然にギルバートと出会い、長年の喧嘩から仲直りをした時も大きな夕焼け空が見えたのです。何かの「結論」が出る時、そこには夕陽に染まるアヴォンリー村があるのですね。

夕暮れ時とは、大人も子どももその日、一日を無事に終え、家に帰り着く時間です。『赤毛のアン』の原題は“Anne of Greengables”(グリーン・ゲイブルズのアン)ですから、グリーン・ゲイブルズに帰る時間である夕暮れ時の場面が多くて当然かもしれませんね。

孤児だったアンは、幼少の頃から、帰る場所=ホームがなく、「どこのアン」でもありませんでした。

『赤毛のアン』は、孤児アンが帰るべき居場所=ホームを手にしていく物語です。アンがアヴォンリー村に初めてやって来たのが、朝でも昼でもない夕暮れ時として描いたのは、その後の物語に何度も出てくる「ただいま」と言って帰ってくる場面とリンクさせるためのモンゴメリの技法だったのかもしれませんね。ま、ただのマニアの深読みですけどね。

 

 

参考文献

モンゴメリ著、松本侑子訳『赤毛のアン』(文藝春秋、2019年)

 

 

[ライタープロフィール]

南野モリコ

『赤毛のアン』研究家。慶應義塾大学文学部卒業(通信課程)。映画配給会社、広報職を経て執筆活動に。

Twitter:南野モリコ@赤毛のアンが好き!ID @names_stories

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