第30回 なぜマシューはパフスリーブのドレスをリンド夫人に作ってもらったのか?
南野モリコ
プリンスエドワード島の爽やかな夏に飛んで行きたい今日この頃。このコラムも連載30回目となりました。今月は、マシューとリンド夫人の関係について深読みしてみました。「ふ~ん、こんな見方もあるのね。パフスリーブのドレスをポチ」などと言いながら、お気楽にお読みください。

『赤毛のアン』村岡花子訳(講談社、2022年)
マシューとリンド夫人には「友情に似た」信頼関係があった?
『赤毛のアン』シリーズの重要な登場人物のひとり、レイチェル・リンド夫人。アヴォンリー村の教会の顔役を務めるやり手の主婦で、言いいたいことをずけずけ言う、うるさ型でありながら、一旦懐に入った相手には誠意を尽くす、読者から人気が高いキャラクターです。
カスバート家に「男の子と間違えられて」送られてきたアンを見にやってきた時、アンの赤毛を「にんじんみたい」とディスって怒らせたり。この時代は、子ども、特に孤児の人権など考えもしなかったでしょうが、面倒な相手に地雷を踏まれて癇癪を起こしたアンが気の毒になりますね。
しかし、翌日、マシューの口添えで、マリラに連れられ家まで行き「哀れな孤児を許して下さい」と芝居がかった謝罪をされるも、変に裏を読んだりせず、すっかり許してしまう、この人の好さが、アヴォンリー村で人望が厚いゆえんだと思われます。私たち読者も、この場面でリンド夫人のファンになりますものね。
さて、このリンド夫人、マリラとは少しも似たところはなく、むしろそのために「友情としか言いようのない感情が通いあっていた」のですが、マリラの兄マシューとも友情に似た関係があったと、筆者モリコは深読みしています。なぜなら、マシューがアンにパフスリーブのドレスを作ろうとした時、迷うことなくリンド夫人に依頼しているからです。
この21世紀でも「男女の友情は成り立つか」なんて議論が夜な夜な繰り広げられることがあるくらいですから、マリラやリンド夫人の青春時代、男女が「友達」にはなりづらかったことでしょう。
しかし、マシューは昔から女性と口を利けなかったと言いながら、「マリラとリンド夫人以外は」であり、リンド夫人は別格だったのです。
リンド夫人、アンが学校に行かないと宣言した時も「私だったら自分から行くと言い出すまで放っておく」と、まるで子育て評論家のような金言をマリラに授けます。言いたいことをずけずけ言いながら、気が弱いマシューのプライドを傷つけないよう、敬意を持って付き合っていたに違いありません。
かくしてマシューは、アンへのパフスリーブのドレスを、安心してリンド夫人に任せることができたのでしょうね。
そういえば、リンド夫人の旦那さんのトーマスも「レイチェル・リンドのご亭主」と呼ばれるような、おとなしい人でした。リンド夫人は、目立たないけど心優しい男性と相性がいいのかも。もしかしてマシューとも、恋の天使がいたずらした瞬間があったかもしれません。まあ、単なる深読みですけどね。
デイヴィは気付いた?! 我が家を売り払ったリンド夫人の想い
そのリンド夫人ですが、『アンの青春』第26章でトーマスに先立たれ、マリラの誘いでグリーン・ゲイブルズに暮らすこととなります。
マリラの「一軒の家に女が二人いるとうまくいかないのは、一つの台所で、それぞれが自分のやり方を通そうとするからだよ」という教訓から、ふたりはそれぞれの生活圏を分けて、うまく共同生活していきます。今で言うシェアハウスですが、若い女の子だったら、問題が多発すること間違いありません。経験を重ねたからこその女の友情ですね。
マシュー亡き後はアンが半家長のようになって、マリラと共同で農場を運営し、デイヴィとドーラの双子兄妹を引き取り、そしてリンド夫人まで引っ越してくるとは。進化する家、グリーン・ゲイブルズです。
一方、リンド夫人の懐かしいマイホームには、マクファーソンさん一家が引っ越してきたことが『アンの愛情』第5章で分かります。新婚時代に夫トーマスが植えた水仙を「オールドミスの奥さんが全部、引っこ抜いてしまった」とリンド夫人は嘆いています。人の手に渡ったとはいえ、家族との幸せな時間を過ごした家です。新しい住人と顔を合わせるのは辛かったでしょう。
旧リンド家の新しい住人、マクファーソン夫妻とは、『アンの友達』(新潮社、2008年)に収められた短編「オリビア叔母さんの求婚者」に登場する、オリビア叔母さんとマルコム・マクファーソン氏です。「アヴォンリーのリンドさんの屋敷を買った」とオリビア叔母さんが話しています。
気丈なリンド夫人ですが、マクファーソン一家が気になっていたことを匂わせるエピソードがあります。『アンの愛情』第13章で、日曜学校から帰ったデイヴィに、「マルコム・マクファーソンさんの奥さんは教会にいらしていたかい」と聞いているのです。
教会の様子を訊ねるついでに、さりげなく聞いているように装って、本当はいちばん知りたいことだったのではないかと思うのです。デイヴィが「知らないよ」とうろたえるように答えたのも、彼女の悲しみを感じとったからかもしれませんね。ま、単なる深読みですけどね。
参考文献
モンゴメリ著、松本侑子訳『赤毛のアン』(文藝春秋、2019年)
[ライタープロフィール]
南野モリコ
『赤毛のアン』研究家。慶應義塾大学文学部卒業(通信課程)。映画配給会社、広報職を経て執筆活動に。
Twitter:モンゴメリ『赤毛のアン』が好き!ID @names_stories