第36回 なぜアンはアイスクリームに憧れるのか?
南野モリコ
遅ればせながら、新年あけましておめでとうございます! 今年も『赤毛のアン』をちょっと違う視点で深読みしていきます。当コラムをいつもお読み頂いている皆さまも「はじめまして」の方も、紅茶片手にリラックスして楽しんで頂けると嬉しいです。

『はじめての赤毛のアン アイスクリームのピクニック』文:小手鞠るい、絵:さこももみ(講談社、2021年) 写真:南野モリコ
アイスクリームは、日曜学校のピクニックのスペシャル・デザート
『赤毛のアン』は、孤児で赤毛の少女アン・シャーリーが、「男の子が欲しい」と思っていたマシューとマリラ兄妹に引き取られ、その明るさで周囲の人々を魅了していく物語です。1880年代後半から90年代にかけてのカナダはプリンスエドワード島が舞台です。
主人公アンが11歳の女の子であることから、子ども向けのダイジェスト版も数多く出版されていますが、小手鞠るいさんとさこももみさんの絵本『はじめての赤毛のアン アイスクリームのピクニック』(講談社、2021年)は、第13章と第14章のみをひとつの物語としてまとめています。初めてアンの世界にふれる小さなお子さんにとっては短くて読みやすいですよね。
そのタイトルにもなっているアイスクリーム。世界のどの国に行っても、みんなが大好きなデザートでしょう。アンも「ピクニックにアイスクリームが食べられるの、アイスクリームよ」と2度も強調して言っています。生まれてすぐ両親を亡くし、グリーンゲイブルズに来るまで孤児だったアンは、アイスクリームを食べたことがなかったのです。
テリー神川著『「赤毛のアン」の生活事典』(講談社、1997年)によると、アンの時代のプリンスエドワード島では、ピクニックは日曜学校で年に一度行われる、村の人々みんなが楽しみにしている大イベントだったようです。そのピクニックでアイスクリームが食べられるわけですから、アンが興奮するのも無理はないですよね。
アンがアイスクリームに憧れるのは、甘く儚いスイーツだから?
さて、アンはチョコレート・キャラメルも「2年前に1度」しか食べたことがないと話しており、それを覚えていたマシューは、第12章で「ちょっとばかし買ってきた」とアンに渡します。アンの時代は、パウンドケーキやビスケットなどを家庭で作っている一方で、お菓子の工業化も始まっていることが分かります。
ローラ・ライス著、竹田円訳『お菓子の図書館 アイスクリームの歴史物語』(原書房、2012年)によると、カナダのお隣アメリカでは、合衆国建国の父トーマス・ジェファーソン(1743-1826)がいち早くアイスクリームの美味しさに目覚め、アイスクリームを作るため貯氷庫を建てたそうです。
アンの時代にはもっと技術が進化していたでしょうが、まだ冷蔵庫も冷凍庫も一般家庭には普及していません。人工的に氷を作り、ミルク、卵、そして砂糖をたっぷり使ったアイスクリームは、それは貴重なデザートだったでしょう。
天にも昇るような甘く冷たい舌触りであり、一瞬で形がなくなってしまう氷菓子です。ピクニックで作るのであれば、ミルクと氷を攪拌して出来上がったアイスクリームはその場で食するしかありません。
贅沢なのに、ゆっくり味わうこともできない、うっかりしたら形が崩れてなくなってしまう、その甘さはもはや快楽だったでしょう。
そんなアイスクリームの「儚さ」が、夢見がちなアンにとってより一層魅力的であり、恋焦がれて食べられる日を待っていたのではないかと深読みしました。
アンは、マリラの紫水晶について嘘の告白までしてピクニックに行こうとするほど、アイスクリームの魔力にはまりましたが、アンにとっては、アイスクリームの味わいもまた紫水晶の輝きと同様だったのでしょうね。まあ、単なる深読みですけどね。
参考文献
モンゴメリ著、松本侑子訳『赤毛のアン』(文藝春秋、2019年)
[ライタープロフィール]
南野モリコ
『赤毛のアン』研究家。慶應義塾大学文学部卒業(通信課程)。映画配給会社、広報職を経て執筆活動に。
Twitter:南野モリコ ID @names_stories