赤毛のアンのお茶会 第40回

第40回 家族が欲しいアンと母になりたいマリラ

南野 モリコ

 

「赤毛のアン深読みニスト」南野モリコです。今月は、5月14日が母の日であることから、アンと「母親」について深読みしてみました。「へえ、こんな見方もあるのね。カーネーションよりメイフラワーの方が素敵」とつぶやきながら、お気楽にお読みください。 

アナ・ジェームズ著『ティリー・ページズと魔法の図書館』(文響社、2023年)

 

『赤毛のアン』は、独身・子なしマリラのサクセス・ストーリー

 

子どもがいない筆者モリコにとって、母の日は辛いシーズンです。世界名作劇場『赤毛のアン』をリアルタイムで見た世代ですから、周りの同世代の女性は、母の日にプレゼントを贈るよりも「もらう」立場。「今年は〇〇をもらった」という幸せいっぱいの報告に「よかったね。いい子に育てたね」と言う時の笑顔に隠した虚しさは、子どもがいない女性にしか分からない複雑な感情です。

いえ、「いい子に育てたね」は、決して上辺だけのお世辞ではないのです。むしろ本気すぎる称賛です。どんなに手を伸ばしても届かない幸せだから、「いい子に育てたね」と笑顔で称えつつも心の中では一筋の涙を流すことを堪えられません。

『赤毛のアン』は、結婚しないで年を重ねたマシューとマリラのカスバート兄妹が孤児アンを引き取り、その天性の明るさに魅了されて、やがて家族のような絆で結ばれていく物語です。少女時代に出会い、大人になってから読み返して生涯の愛読書とする読者が多いのは、彼女らにとっての主人公が、ある年齢に差しかかかるとアンからマリラにシフトするからでしょう。もちろん筆者モリコもその1人です。

 

アン・ブックスをさかのぼって深読みすると、グリーン・ゲイブルズにアンがやってきた時、マリラは55歳、『虹の谷のアン』でアンの6人の子どもたちを「大甘に甘やか」している時には85歳になっています。

アンが来る前は、リンド夫人から「あれでは住む、ではなく、ただいるだけ」と言われるような、アヴォンリー村の中でも人家から距離を置いたところに暮らしていました。そのままいけば独身、子なし女性としてひっそりと老後を過ごしていたかもしれないのに、「男の子と間違って」アンが送られてきたことからこんなに豊かな老後を過ごすことになるなんて。

アンを引き取った時のマリラの年齢に近づきつつある筆者モリコにも、もしかしたら思わぬ幸運が起こるかもしれない。未だに夢を見せてくれるマリラは、女性として大リスペクトの登場人物であり、心の支えになっているのです。

 

アンとマリラは「母と子」ではないから対等に付き合える?

 

さて、『赤毛のアン』シリーズはアンとマリラが「母になっていく」物語であることは言うまでもありませんが、アンは「母」が欲しいとは思っていません。

シリーズ2作目『アンの青春』で、マリラは、アンの子育てが終わった穴を埋めるかのようにデイヴィとドーラという双子を引き取って育てますし、アンはジェム、ウォルター、シャーリー、ナン&ダイ、そしてリラという6人の子どもの母親になっています。

『アンの思い出の日々(下)』では、ウォルターという名前の孫もちらりと登場しています。マリラが孫ほど年の離れたデイヴィとドーラを引き取って子育てをしたように、アンも孫たちに囲まれ「第2の子育て」に奮闘したのでしょうね。

このように溢れるばかりの母性の持ち主のアンですが、孤児だった頃、「どこかのアンになりたい」とは思っていても、「母」を求めてはいないのです。アヴォンリー村のカスバート家にやってきた時、彼女が望んでいたのは「グリーン・ゲイブルズのアン」になること、カスバート家の一員になることではあっても、マリラと「母と子」になることではありませんでした。

第8章でグリーン・ゲイブルズに置いてもらえることが決まった時も、アンはマリラに「お母さんと呼んでいい?」ではなく、「マリラおばさんと呼んでもいい?」と聞いています。アンは最初からマリラと母子になるつもりはないのです。もちろんマリラは「私はあんたのおばさんじゃないんだよ」と即座に却下するのですが。

 

もしアンがマリラに「母」を求めていたら、ふたりの間に上下関係が生まれてしまいます。母と子ではなく、対等の関係であるからこそ、アンがのびのびと自分の意見を発信することができ、マシュー亡き後のグリーン・ゲイブルズの運営を任せられるように成長したのだと深読みしました。

 

11歳のアンが「母」を求めていないことは、不自然な気がしないでもないですが、親がなくても平気な自由で自立した少女だったからこそアンは世界中の読者を魅了したのかもしれませんね。もしある時、突然アンがマリラに「お母さんと呼んでいい?」と言ったとしたら、マリラはどんな顔をしたでしょう。深読みは止まりません。

 

 

参考文献

モンゴメリ著、松本侑子訳『赤毛のアン』(文藝春秋、2019年)

 

 

[ライタープロフィール]

南野モリコ

赤毛のアン深読みニスト。慶應義塾大学文学部卒業(通信課程)。映画配給会社、広報職を経て執筆活動に。

Twitter:南野モリコ ID @names_stories

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