赤毛のアンのお茶会 第42回

第42回 なぜマリラは誰にも相談せずに、孤児院から男の子を引き取ろうとしたのか?

南野モリコ

「赤毛のアン深読みニスト」南野モリコです。梅雨なのか夏なのか分からない暑さですね。そんな日は、アンの世界に浸りながら、恋人たちの小径を歩く妄想バケーションで無理やり暑さを紛らわしています。
さて今月は、なぜマリラはマシュー以外の誰にも相談せずに男の子を引き取ろうと決めたのか深読みしてみました。「ふーん、へえ、そんな考え方もあるのね」とアヴォンリー村で涼む想像に浸りながら気楽にお読みいただけると嬉しいです。

アヴォンリー村の地図

 

グリーン・ゲイブルズの「立地」がマリラを独立自尊に導いた?

『赤毛のアン』は、孤児で赤毛の女の子アン・シャーリーが、結婚せずに年をとったマシューとマリラのカスバート兄妹が暮らすグリーン・ゲイブルズに「男の子と間違って」送られてきたことから始まる、広い意味での「家族」の物語です。

しかし改めて考えてみてください。男の子であれ女の子であれ、血のつながらない、敢えて冷たい言い方をしますが、つまり「どこの馬の骨とも分からない」子どもです。たとえ身元が分かっていたとしても、家族以外の子どもを引き取って一緒に暮らすというのはかなり大きな決断です。にもかかわらず、なぜマリラはマシューの他の誰にも相談せず、孤児を引き取ろうと決めたのでしょうか?

第1章でマリラがリンド夫人に「マシューが大いに乗り気でね」と話しているところから見て、孤児院から男の子を引き取ることを提案したのがマリラであったことは明らかです。マシューはそれに賛成した形だったけど、自分で何かを決めることのないマシューにしては積極的に賛成したので、本当はマリラ自身も不安が大いにあったけどマシューに従うことにした、と話しています。

マシューとマリラ兄妹が男の子を引き取ろうとしたのは農作業を手伝わせるためであったことは、読者の皆さんのご存じのとおりです。そしてそのきっかけとなったのは、アレグザンダー・スペンサー夫人がホープタウンの孤児院から女の子をもらうという話を聞いたことです。

しかし、農作業が問題であれば、後にアンが提案したように土地を誰かに貸すことも考えられたでしょう。他の人に相談したらもっと選択肢が出てきたかもしれません。リンド夫人も「何の相談もなしにこんな大事なことを決められたとあっては」と憤慨しています。アヴォンリー村では現代の都会と違い、村のコミュニティーの繋がりがあります。孤児院から子どもを引き取るのはカスバート家だけの問題ではありません。リンド夫人が「なぜ一言も相談せずに決めたのか」と憤慨するのも当然ですよね。

さて、なぜマリラはリンド夫人のような近しい友人に相談することもなく、孤児院から男の子を引き取るような重大なことを決意したのでしょうか?

筆者モリコとしてはその理由のひとつに、グリーン・ゲイブルズの「立地」が関係してくると深読みしました。

 

リンド夫人から見たら「そこにいるだけ」のグリーン・ゲイブルズだけど?

本コラム第17回で書いた通り、筆者モリコは本文の深読みに深読みを重ね、アヴォンリー村の地図を書き起こしました。当ページ冒頭の地図を参照して頂くと分かるのですが、カスバート家が暮らすグリーン・ゲイブルズは村のメイン街道から離れて建っており、教会、郵便局など村のコミュニティー交流の場や人家から距離があることが分かります。リンド夫人が「あれではそこにいるだけというもんだよ、まったく」と言うのも納得の立地です。そして、マリラはそのグリーン・ゲイブルズに生まれた時から住んでいるのです。

この、コミュニティーから少し離れたグリーン・ゲイブルズの「立地」が、一人でものを考え、一人で決断し行動するという独立自尊の精神を養ったと言えないでしょうか。

もしグリーン・ゲイブルズが人の行き来がある街道に近かったら、教会や郵便局に近かったら、親友のリンド夫人とももっと頻繁に顔を合わせていたら。マリラの性格はもっと違ったものになったでしょう。孤児院から子どもを引き取るという重大ライフ・イベントの前に、信頼できる友人の何人かに相談したかもしれません。そして中には反対する人もいたかもしれず、その意見に従って子どもを引き取ることを諦めた可能性もあります。

アヴォンリー村のグリーン・ゲイブルズにアンがやってきたのは、グリーン・ゲイブルズの立地によって形成されたマリラの人格の結果かもしれません。まあ、単なる深読みですけどね。

 

 

参考文献
モンゴメリ著、松本侑子訳『赤毛のアン』(文藝春秋、2019年)

 

 

[ライタープロフィール]
南野モリコ
赤毛のアン深読みニスト。慶應義塾大学文学部卒業(通信課程)。映画配給会社、広報職を経て執筆活動に。
Twitter:南野モリコ ID @names_stories

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