僕がゲイで良かったこと 第33回

第32回 遺骨の2つの話 その1

平良 愛香

 今年1月10日に辺野古新基地建設のための大浦湾埋め立てのための土砂投入が始まりました。「軟弱地盤があるため、国が出してきた工法では埋め立て工事はできないと判断し、承認することができません」と言って沖縄県の玉城デニー知事が承認しなかった埋め立てを、「県が承認しないなら国が代執行をします」ということで民意を無視した暴挙に国は出ました。「普天間基地の負担軽減」という名目ですが、最近アメリカ側から「辺野古に基地ができても普天間は返さない」という声すら聞こえてきているというのに。政府はいったん決めたことを白紙撤回する勇気がないのだなあ、それとも企業からの政治献金がそんなに欲しいのかなあと感じます(ウラ金献金が問題になっていますが、私はオモテ金もすごく問題だと思っています。オモテ金というとキレイな金に聞こえてしまうかもしれませんが、大量の献金をもらっていれば政府がその企業に便宜を図るのは当然のことです。最近は、便宜を図ってもらうための献金ではなく、みんなが献金しているから自分たちだけ損をしないために献金せざるを得ない状況になっているという話も聞きました。原発も基地も、判断の最中心に利権があるんだろうなあ)。ただ、この代執行については言いたいことはいくらでもありますが、今回は別の視点から、大浦湾を埋め立てる土砂の中に沖縄戦での戦死者の遺骨が含まれているかもしれない、ということについて書きたいと思います。

当初大浦湾の埋め立てにはヤマト(本州や九州など)の土砂を用いるという計画がありました。しかしそれだと沖縄の固有種である様々な生物に影響が出てしまうということで、今度は沖縄島内の土砂を用いるということになります。まず本部(もとぶ)半島の鉱山の土砂が使われることになりました。その土砂が運び出される塩川港や安和(あわ)桟橋では、毎日何100台も出入りするダンプカー(多い日は900台を超える)を1台でも止めるために、現在でも牛歩戦術による抵抗運動が続けられています。ダンプカーが通る道路を歩行者がゆっくり横断するのです。横断者がいる間、運転手は当然ダンプカーを止めなければならない。横断者は「止まってはいけない」けど時間をかけて横断することで、ダンプカーの進入を止めるのです。実は2023年6月6日に牛歩戦術で抵抗している人たちに対して、防衛局職員から「沖縄差別」であると同時に「障がい者差別」でもある差別発言が何度も投げつけられました。抗議を受けた防衛局や政府は「不適切な発言だった」「遺憾に思う」を繰り返すのみで、未だに謝罪もありませんが。(ちなみに政府は「遺憾に思う」をよく使いますが、「遺憾」を辞書で調べると「思った通りにならなくて残念」という意味しかなく、「反省」「謝罪」「責任」といった意味は全くありません。市民を欺くために、知ってて使っているのかなあ。)

さて、それとは別に、沖縄島南部の土砂をも使うという計画があります。言うまでもなく南部は沖縄戦が最も激しかった地域で、現在でもたくさんの戦死者の遺骨が埋まったままです。遺骨収集ボランティアをしているガマフヤー(ガマを掘る人)の具志堅隆松さんは、「ここで眠っている人の遺骨を戦争の道具に使うことは断じてあってはならない」と訴え、沖縄県庁前や国会議員会館前や靖国神社前などで、幾たびもハンガーストライキをしています。遺骨そのものをどう見るかは人によって異なるでしょう。死者への冒涜だと見る人もいれば、遺骨そのものはただの骨でしかないという考えの人もいるかもしれません。けれどここで立ち止まって考えてほしいのは、戦争で殺された犠牲者の遺骨が、今度は戦争の道具に使われるという不条理です。ある意味この遺骨は「戦争によって2度踏みにじられる、2度殺される」ということになるのでしょう。それは感情論かもしれません。けれど、あの戦争を二度と繰り返してはならないという強い悲しみを持っているウチナンチュにとって、その思いを踏みにじられることは耐えられないことであり、同時に怒りでもあります。もちろん、どこの土砂も大浦湾の埋め立てに使われるべきではありませんし、本部鉱山の土砂ならいいけどと言うつもりは全くありません。けれど、「ここの土は使わないで!大切な人が埋められているから!」と叫んでいる人の声を無視する行為は、やはり許せません。皆さんは愛する大切な人の遺骨が埋まっている土を、何にだったら使ってもいいと思いますか?花壇?畑?もしかしたら人を生かすために用いることはできるかもしれない。安らぎを与えるために用いるということならできるかもしれない。でも人を殺すために用いるのは、どうしてもイヤなのです。沖縄が戦争の被害者になるだけでなく、加害者にさせられていくのは耐えられない。戦死者の怒り、悲しみ、無念さに寄り添う方法はないでしょうか。

 

[ライタープロフィール]

平良 愛香(たいら あいか)

1968年沖縄生まれ。男性同性愛者であることをカミングアウトして牧師となる。
現在日本キリスト教団川和教会牧師。

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