結婚、出産、転勤、転職、さらに離婚、再婚……。さまざまな人生の転機に、生き方や活躍の場を模索する人たちは多い。しかし、自身で新しくビジネスを立ち上げるのは、容易なことではない。近年、自らの夢を叶えるべく起業した女性たちを取材。明るく前向きに努力を続ける姿は、コロナ禍における希望の光でもある。彼女たちの生の声を聞き、その仕事ぶりや日常に迫る。
悩める女子たちの心と体、「妊娠、出産」を支え続けて
ピッコラーレ 代表理事
中島かおり さん
取材・文 伊藤ひろみ
写真提供 ピッコラーレ
2023年4月23日午後2時、東京・池袋にあるサンシャインシティ内のカフェの一角で、女性スタッフが忙しく動きまわっていた。“10代20代の女性ための居場所、ぴこカフェ”の準備をするためである。ぴこカフェは、性や体のこと、家族や友だちのことなど、なんでも相談できる場所。特に相談したいことがなくても、ふらっと立ち寄って、お茶を飲んだり、食事をしたりしながら、ゆっくりくつろぐこともできる。豊島区より委託を受け、認定NPO法人ピッコラーレが運営している。この日は、代表理事の中島かおりさん(51)のほか、3人が担当した。
ぴこカフェは、ピッコラーレが行っている相談支援事業のひとつ。スタッフたちが会場に出向き、対面で彼女らの疑問や悩みに応えている。学校や家庭以外で、気軽に安心して話ができる場を提供したいという思いで、2021年8月にスタートし、月2回のペースで開催している。
中島さんは、1995年東京都立大大学大学院(理学研究科生物学専攻)修士課程を修了し、研究職に就いた。数年後、妊娠がわかると同時に切迫流産で入院。「これからどうなっていくのだろうか」、そんな不安を抱え、心が追いつかないまま妊娠期を過ごした。出産は想像以上に辛かったが、無事女児を出産。産後数ヶ間は身体が充分に回復しないまま、仕事を再開し、さらに忙しい毎日となった。
「出産は一度で充分」、そう思っていた。だが、子どもを預けていた保育園で出会ったお母さんの言葉がきっかけとなった。彼女はすでに4人の子どもを持つ母だったが、「妊娠、出産だけなら何人でもOKよ!」という言葉に耳を疑った。「私はあんなにもつらかったのに……」。彼女は助産師の助けをかりて、自宅で出産したという。そんな話を聞き、助産師という職業に興味を持つようになった。
3年後、二人目を妊娠した。第一子出産後、遠ざけていたことと再び向き合うことになったのは、助産師の存在が大きい。助産院での出産を選択し、妊娠初期からケアを受け、出産に向けて身体と心の準備をした。2004年、第二子を出産。「もうひとり産めるかも」と思えるほど、今度は楽な出産だった。
2回の出産を経験し、その違いに改めて気づいた。「助産師さんって、いい仕事ですね」。伴走してくれた助産師に、思わずもらしたひとことだった。それに対し、意外な答えが返ってきた。「この仕事、してみたい? だったら、今からでもなれるわよ!」
その言葉に背中を押された。第二子を出産した翌年、大学へ再入学した。研究者、妻、母に加え、学生という役割も加わり、大忙しの毎日。1年目は仕事を続け、子育てしながら大学へ通ったが、2年目からは学びに集中し、10年間勤めた職場を離れた。看護師、助産師、保健師などの資格を取り、2009年に卒業。助産師として、新しい一歩を踏み出した。
2015年9月、助産師、社会福祉士の仲間たちと、妊娠で葛藤する女性たちのための相談窓口“にんしんSOS東京”を発足させた。妊娠にまつわる全ての「困った」「どうしよう」という声に寄り添いたい、そんな思いからだった。そのきっかけとなったのは、児童虐待死とされる事例の中で最も多いのが、生まれたその日に亡くなる赤ちゃんだと知ったこと。「妊娠が女性たちの困りごとになってしまう、こんな悲しいお産をなくしたい。そのためには、妊娠がわかる早い段階で彼女らとつながる必要があるのではないか、そう考えたんです」
電話、メール、twitterなどを通じ、ピッコラーレには、毎月平均120件以上の相談が寄せられる。「生理が遅れている、どうしよう?」「お金がなくて、病院に行けない」「検査薬で陽性だったけど、相手に連絡が取れない」など彼女らが発信するSOSはさまざま。相談内容と緊急度に合わせ、病院に同行したり、行政へ橋渡しをしたり、弁護士などの専門家とつないだりする。ピッコラーレが行っているのは、妊娠相談ではなく、“妊娠葛藤相談”と位置づける。さらに、安心して過ごせる場所がない妊婦のために、区と連携して、空き屋を改装した居場所も確保。日々、彼女らのケアにあたっている。
2020年には、活動内容をまとめた「妊娠葛藤白書」を発行。中島さんは、内閣府の検討会や内閣官房の有識者会議の臨時構成員を務めるなど、政策提言も積極的に行っている。
立ち上げ当初の7人から、今では51人のスタッフを抱える大所帯になった。看護師、助産師、社会福祉士、保育士、教員などの資格を持った専門集団として活動を続けている。妊娠葛藤相談に携わる相談支援員のスキルアップほか、一般の人に向けてのセミナーやイベントなども随時開催。研修・啓発活動にも力を入れている。
性や妊娠、出産に関する考えは人それぞれ。性別、世代、家庭環境、宗教などが大きく影響する。妊娠中絶に対し、否定的な意見も根強い。日本にはまだ、SRHR(性と生殖に関する健康と権利)という概念を知っている人も、それを守るための法律もない。誰もが主体的に選べること、身体の自己決定を保証し、不平等を解消することが必要だと中島さんは訴える。
妊娠葛藤を強めている大きな要因は、日本社会のシステムの不備によるもの。コロナ禍で、さらに困難な状況が拡大し、孤立し漂流する女性が増えているという。ピッコラーレが向き合っている女性たちは、多くの人にとっては、見えにくい存在であるということも忘れてはならないだろう。
日々奮闘する起業女子は、社会活動家でもあった。
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[ライタープロフィール]
伊藤ひろみ
ライター・編集者。出版社での編集者勤務を経てフリーに。航空会社の機内誌、フリーペーパーなどに紀行文やエッセイを寄稿。2019年、『マルタ 地中海楽園ガイド』(彩流社刊)を上梓した。インタビュー取材も得意とし、幅広く執筆活動を行っている。立教大学大学院文学研究科修士課程修了。日本旅行作家協会会員。近刊に『釜山 今と昔を歩く旅』(新幹社)。