第21回「コーラ記念日」
コバン・ミヤガワ
初コーラの記憶。覚えているだろうか。
ボクの初コーラは6歳だった。
それまでコーラという飲み物を飲んだことがなかった。他のジュースは良かったのに「コーラ好きの同僚が骨折したから」という理由で、父が飲むことを許してくれなかったのだ。
一体あの黒い液体はどんな味なのか、ずっと飲んでみたくて仕方がなかった。
ある日ボクは父方の祖父の家にいた。祖父は小さな電気屋を営んでいた。あの頃は随分大きなお店に見えたものだ。店のすぐ隣に自販機があったので、時々ジュースを買っていた。その日も、お小遣いをもらい、ジュースを買いに行った。その当時の身長だと、1番上のペットボトルの列には手が届かない。手を伸ばしてギリギリ届く列の缶ジュースのボタンを押した。しかし「ガコンッ!」と下の取り出し口から出てきたのはいつものジュースではなく、なんとコーラが出てきたではないか。おそらく飲み物を補充する時に入れ間違えたのだろう。
これはどうしたものか。父に止められているし、黙って飲むわけにも……
まだボクは純粋だったみたいである。
父のもとへ向かい「コーラが出てきたんだけど」と言った。「あらっ、まあ仕方ないな。今日は飲んでいいよ」と言ってくれた。
なんと!! コーラを飲んでいいとは!! 「コーラが飲める」これがどれだけ嬉しかったことか。おそらくあの日のボクの瞳は、人生で1番輝いていただろう。
目一杯力を込め缶を開けた。早速黒い液体を一口。なんとも表現し難い不思議な味。鼻を通り抜ける独特の風味。「これは美味しいのか?」なんて疑問は浮かばなかった。あれだけ待ち望んだコーラである。この味は「美味しい」に分類される味なのだ。そうに違いない。
あの日がボクの「コーラ記念日」になった。
初めてラーメンを食べたことも、初めてカレーライスを食べたことも、とんと記憶にない。気がついたら日常にあって、普段から食べていたし、気がついたら好きになっていた。食べ物なんてそんなものだ。
しかしあの日、偶発的に飲んだコーラの味は、いまだに覚えている特別なコーラなのだ。
素敵な音楽って、そんな懐かしい記憶や、思い出を掘り起こしてくれる力を持っている。このバンドと初めて出会った時、思い出したのはなぜか、あのコーラの味だった。
フジファブリック。
このバンドを一言で表すならば「少年」じゃないかと思う。思春期の少年のような複雑な心情、誰もが経験したことのあるような懐かしい風景を見事に歌に昇華する情景描写。
フジファブリックを語る上で外せないのが、元ボーカルの「志村正彦」だ。1にも2にも彼がいなければフジファブリックは存在していないし、現在の邦ロックにおける「フジファブリック」の地位はなかったと言えるだろう。
残念ながら2009年に彼は突然この世を去る。しかし彼の歌声と描いた詩世界は、いまだに多くの人を魅了し続けている。
ボクもその一人だ。
初めて聴いたのは「陽炎」という曲だった。志村の気だるそうな歌声から始まるイントロ。歌をそっと包むギター。そして突然テンポアップ! まるで少年が突然駆け出したかのよう。
あの一瞬でもうボクは虜になったのだ。あの瞬間、確かにボクは、真っ青な空の下を走っていたのだ。口の中は、初めて飲んだコーラの炭酸でピリピリしていたのだ。
少し歌詞を見ていきたい。
あの街並 思い出した時に何故だか浮かんだ
英雄気取った 路地裏の僕がぼんやり見えたよ
また そうこうしているうち次から次へと浮かんだ
残像が 胸を締めつける
隣のノッポに 借りたバットと
駄菓子屋に ちょっとのお小遣い持って行こう
さんざん悩んで 時間が経ったら
雲行きが変わって ポツリと降ってくる
肩落として帰った
窓からそっと手を出して
やんでた雨に気付いて
慌てて家を飛び出して
そのうち陽が照りつけて
遠くで陽炎が揺れてる 陽炎が揺れてる
どうだろう。なんだか経験したことのある記憶のように思えないだろうか。日本人の記憶の奥底で眠っている何かが掻き立てられるような感覚。「はっぴいえんど」を聴いた時にも似た感覚。ボクは少し感傷で涙が出るほど共感できた。部屋の窓から見える小さな道と入道雲。ちょっと行った先の駄菓子屋。小さい頃はあの町が世界の全てだった。今振り返ると胸がキュッとする。まさしく「胸を締めつける」感覚である。
ボクの1番好きな曲だ。
もう一曲、フジファブリックの名刺がわりの一曲とも言える「若者のすべて」という曲も見てみよう。この曲は2008年リリースの『TEENAGER』という名盤に収録されているので、是非合わせて聴いてみてほしい。
真夏のピークが去った 天気予報士がテレビで言ってた
それでもいまだに街は 落ち着かないような気がしている
夕方5時のチャイムが 今日はなんだか胸に響いて
「運命」なんて便利なもので ぼんやりさせて
最後の花火に 今年もなったな
何年経っても思い出してしまうな
ないかな ないよな
きっとね いないよな
会ったら言えるかな
まぶた閉じて浮かべているよ
季節の変わり目をここまで美しく表現した曲は無いのではなかろうか。
夏の終わりが近づき、昔を思い出す。楽しかった夏休みや、好きだった子のことや、一緒に行った花火大会を思い出す。そんなことももう昔の話で、時間が経ってしまったことを「運命」という言葉で片付ける。
それがきっと「大人」になるということなのかもしれない。
思い出す夏休みの一瞬一瞬、花火大会の最後の一発の愛しさ。
夏休みには若者の喜怒哀楽全てが詰まっている。
だから「若者のすべて」なのだ。ボクにはそう聴こえる。
やはりフジファブリックは「少年」なのだ。志村の懐古と美しい情景描写と音楽が組み合わさり、彼らを少年にしているのだ。
誰でもみんな少年少女であった。そのうちみんな大人になっていく。純粋とは程遠くなり、気がつけば昔の記憶なんて薄れてしまう。しかし少年少女の心は少しでもボクたちに残っていると再認識させてくれる。
「純粋」と「大人」の間をゆらゆら浮遊しているバンド、それがフジファブリックである。
2009年に志村正彦が急逝したのち、フジファブリックは残されたメンバー3人で継続することを発表する。「志村不在のフジファブリックはどうなのか」という声も多かったが、これがまたいいんです! 「フジファブリック、少し大人になりました」といった感じだろうか。違う一面が顔を覗かせ、ボクの心を掴んで離さない。
[ライタープロフィール]
コバン・ミヤガワ
1995年宮崎県生まれ。大学卒業後、イラストレーターとして活動中。趣味は音楽、映画、写真。
Twitter: @koban_miyagawa
HP: https://www.koban-miyagawa.com/