耳にコバン ~邦ロック編~ 第34回

第34回 「第九症候群」

コバン・ミヤガワ

「B’zがどうしても聴けないんだよ」と友達が言った。

ボクと友人4人は、横浜の野毛で飲んでいた。
休日の横浜は、3つのグループがよく目立つ。

・ハマスタ帰りのベイスターズファン

・パシフィコ横浜でのライブ帰りの音楽ファン

・結婚式帰りの晴れ着の若者たち

青いユニフォーム、どこぞのバンドTシャツ、スーツとドレス。カラーギャングかのように群れをなし、渦巻いている。
それを横目に、友達がフラれた話を肴に酒を飲んでいた。

どうやらその日は、B’zのライブがあったらしい。おそらくライブ帰りであろう人がちらほら視界に入った。

その時、友人の1人がポツリと呟いた。

「どうしてもB’zが聴けないんだよね」

「あら、どうしてや」とボク。
「というより、最後まで聴けない。良い曲なのは分かってるんだけど、他のバンドみたく最後まで持たないんだよねぇ」と彼。

その時は「そうかー」あまり取り合わなかったが、しみじみ考えてみると確かに理解できる気がする。知っている曲はたくさんあるけれど、最初から最後までしっかり記憶に残っている曲はあまりない。

なんでなんだろう。そこからしばらく、B’zという日本のロックの頂点に君臨するバンドに頭を抱えることになる。

改めて紹介しよう。『B’z(ビーズ)』は、1988年にデビューしたロックバンドである。メンバーはギターの松本孝弘とボーカルの稲葉浩志。2人組なので「ロックユニット」と書くのが正確なのかもしれないが、ここでは「バンド」ということにしておく。

B’zを知らない日本人はいないだろう。90年代の音楽シーンを牽引し、いまだに衰えることのない人気を誇るモンスターバンドである。曲を出せばミリオンセラーを叩き出す。「平成で一番売れたアーティスト」なんですって。

B’zを聴いて最初にまず感じることは「歌うまっ!!!」である。「歌が上手いなぁ」なんてしみじみ感嘆するわけではない。

「歌うまっ!!!」

ほんの数フレーズだけでも、圧倒されてしまうのだ。何度聴いても惚れ惚れしてしまう。

「この歌手はレベルが違うな」と思うことは何度でもある。しかし、稲葉浩志の歌声は、そんなトップの中でも一線を画す歌声である。高い技術ももちろんだが、聴く人を惹きつけ、鼓舞し、感動を与える。

「生まれ持った才能」というものについて考えてみる時、それは信じたくはなくとも、残酷にも目の前に立ちはだかるものだ。「運動」と「音楽」は特に(ボクは運動の才能が微塵もなかったのだった)。天から与えられた歌声を、弛まぬ努力で見事に世界屈指の武器にした。それが稲葉浩志という男なのだろう。

そんなB’zの何が友人は「聴いていられない」のだろう。

悩みに悩んだ挙句、ひとつの答えに辿り着いた。

B’zってクラシックなんです!!!

クラシックの名曲っていくらもありますよね。ピアノのソナタから、オーケストラの壮大な交響曲まで。
しかし、例えば交響曲の1曲の全てを細かく記憶している人はどれくらいいるのだろうと思う。
ベートーヴェンの『交響曲第9番』を例にすると、パッと思いつくのは第4楽章のあの「合唱」ではなかろうか。あの部分は誰でも知っていますよね。でもそのあとは ……? クラシックを普段聴かない人で1〜4楽章全てを網羅している人はそういない。
「曲の長さ」という要因はあれど、完成度と満足度が比例するように、言わば「疲労」も比例するのではないだろうか。

B’zってそんな雰囲気があるんです。B’zの曲は、いずれも完成度が凄まじい。そりゃあ稲葉浩志と松本孝弘だもの。天才と天才だもの。しかし、その高い完成度が故に少量で満足してしまう状態に陥ることが考えられる。
退屈してしまうわけではなく、満足してしまうのだ。
フレーズ、リフのキャッチーさはその曲の良し悪しを決める重要な要因だ。しかしそこで満足してしまうのもまた理解できる。高い完成度にお腹いっぱいになってしまうのだ。友人はきっと有名なあのフレーズの完成度に満腹になってしまったんだろうな。

ボクはこれを密かに「第九症候群」と称した。

そうして「第九症候群」の彼をどうやって治療すればいいのか考えていたのだが、答えは出なかった。

昔は、アルバムを最初から最後まで楽しむ時代だったが、サブスクのアプリなどで好きな曲が好きな部分だけ聴けるようになった。手軽で便利な部分もあるのだが「第九症候群」は気がつけば広がっているように思う。

 

 

[ライタープロフィール]

コバン・ミヤガワ

1995年宮崎県生まれ。大学卒業後、イラストレーターとして活動中。趣味は音楽、映画、写真。
Twitter: @koban_miyagawa
HP: https://www.koban-miyagawa.com/

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