mints こと「民事裁判書類電子提出システム」の運用が始まっている。
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民事裁判はこれまで、基本的に紙でのやり取り+裁判所への出頭だった。弁護士は日夜せっせとFAXを使い、重い紙ファイルを背負って裁判所に出向いていた。
しかし、mintsの登場により、これからはワードで作成した書面のデータをPDFにして、そのPDFをmintsにアップすることで、裁判所と相手方に書面提出することができるようになった(ただし出せる書面に限定あり)。期日のオンライン化はすでに相当程度浸透している。
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弁護士として働き始めたとき、自分の職印(弁護士〇〇之印、と書いてある印鑑)を作ってもらったのがすごく嬉しかった。ベテランの弁護士の職印をみると、もとは四角でも年月の経過によって角が丸くなっていたり渋い色になっていたりするのがかっこいい。初めて証拠説明書をFAXしたとき、証拠説明書は押印不要なのかと思い(なぜそう思ったのか今となってはわからない)。押さずにFAXしたら、裁判所から押印もれてます、と電話がかかってきたことがある。実は民事訴訟規則で、裁判所に提出すべき書面には記名押印しなければならないと定められている。
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しかし、mintsのPDFデータ提出にあたっては、書面に押印はいらない。書面に押印するという民事裁判のルールが新たな制度に(実質的に)置き換わることは、民事の世界全体に波及して、押印に関する「二段の推定」の条文等は早晩形骸化するのではないかとも思う。そのくらいの衝撃である。
今後は、例えば私の名前でmintsにアップロードされた書面を、私がいやそんな書面は出していません等と主張するとき、mintsのパスワードが事務所のみんなの目の届くところに堂々と貼ってあり誰でもログインできた、とか、最近電車にパソコンを忘れてまだそれが見つかっていないとかいう事情を主張するような、「新・二段の推定」が生まれたりするのでしょうか。
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ところで、今もなお当事者が紙の契約書に署名押印した事実は民事裁判において極めて重視されている。しかし、実際のひとの暮らしの中では、契約書をよく読んでいなかったり、契約内容の一部には納得していないけれども、まあそれに対して異議を唱えずに、まあとりあえず署名しました、押印しましたということがままある。
最近ニュースになっていたホストクラブの売掛問題などは、消費者庁が契約を取り消せる場合がある旨通知[1]を出すに至った。「このシャンパン入れてくれないと俺たち二人の関係はもうおわりだね…終わらせたくないよね…?」等と、好意の感情を不当に利用するという消費者契約法の要件にばっちり該当するようなやりとりであれば救済されてありがたい。しかし大抵は「俺のためにシャンパンいれてくれるよね?」ときかれて正確な金額を知らない≒契約書をよく読んでいない、あるいはシャンパンを入れること自体はいいけれどこのシャンパンは高いなと思っている、しかしあえて違うシャンパンにしてとまでは言わない≒契約内容の一部には納得していないが異議を唱えない等、本人の心中にはいろいろあるものの、言動としては一言、「……うむ」と言ってしまうという場面になると思われる。これは残念ながら上の消費者契約法の定めでは守られないだろう。仮にホストクラブで紙の契約書を取り交わすとしても、上のやりとりで「うむ」と言ってしまう人はやっぱり署名押印もしてしまうだろう。
そう考えると印鑑を使うにせよ使わないにせよ、契約への捉え方それ自体について考えなくてはトラブルは防止できず、そしてその考えるというのは、個々人がそれぞれ考えるだけですむのかしらと疑問に思ったりしている。
[1] https://www.caa.go.jp/policies/policy/consumer_system/other/assets/consumer_system_other_231130_0001.pdf