2021年10月15日
横浜地方裁判所には、飲み物の自動販売機がある。
なぜかわからないけれど、他の自販機より20〜30円くらい値段が安い。
裁判記録で鞄が重たい日は、飲み物さえ現地調達にしているが、駅ではなく裁判所の自販機で買って、ささやかなお得感を味わうことにしている。
もっとも、率直にいって、裁判所内で、他の人が飲み物を買っている場面をあまり見たことがない。
裁判所は、できればそんなところにいく用事はありませんようにと願う人が大半だろう。たとえ裁判傍聴マニアでも、自分が裁きにあうために裁判所に呼ばれて行くのでは気分が重たくなるはずだ。裁判のときはどんな服装をすればいいのか、やはりスーツがいいのかという質問はよく受けるし、裁判官から何か聞かれたりしないでしょうかとドキドキされる方もいる。あの場に呼ばれて、「えっ! この自販機ちょっと安い! ラッキー!」とはならないのが普通かもしれない。
とはいえ1階の自動販売機には紙パックのいちごオレがあるし、上のフロアには海を眺めながら飲み物を飲めるスペースもある。横浜地方裁判所は気の利いたところなのだ。
そんな横浜地方裁判所がこのところ話題になっている。
というのも403号法廷で、刑事事件の手続中、弁護人である弁護士が、パソコン使用のため弁護人席のコンセントを使おうとした。すると、裁判長が弁護士に対しコンセントの使用を制止した。弁護士によれば、裁判長はこうも述べたという。「国の電気ですから、私的とか、仕事上かもしれないけど、自前の電気でやってください。」
弁護士は法廷の電気の使用を許さないという裁判長の処分に対して、異議を出し不服を申し立てた。
10月5日の朝日新聞夕刊によれば、弁護士は裁判官の発言に対して、「弁護人は被告人の権利と利益を擁護することを通じて刑事司法を担っている」と述べている。
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この弁護士が、高野隆(たかの たかし)先生である。
元ジャニーズ・手越祐也氏の記者会見に現れた、宮崎駿氏風のあの方でもある。刑事弁護の世界で、知らない人はいない先生である。
横浜地方裁判所403号法廷の本件をめぐる経緯については、ご本人のブログ(http://blog.livedoor.jp/plltakano/archives/65975716.html)が何よりわかりやすい。
「国の電気なのはそのとおりやん」と思った方も相当数おられるのではないかと推察する。しかし高野先生もおっしゃるように、弁護士は裁判官や検察官と並んで、国の制度である刑事司法を担っている。そのために法廷にいるのであって、弁護士が「国の電気」を、私的に使うものでないことは自明の理である。
その上で、裁判官は同じ裁判所の中の、裁判官室からやってくる。検察官は、検察庁からやってくる。横浜地方裁判所と横浜地方検察庁は隣同士なので移動は1分もかからない。
その両者に挟まれるように建っている神奈川県弁護士会館から弁護士がやってくる、のかと思いきや、弁護士はじつに色々なところからやってくる。
弁護士は403号法廷にたどり着く前に、霞ヶ関の東京地方裁判所に行っていたかもしれないし、小田原の警察署に接見に行っていたかもしれない。弁護士は裁判の場所や接見の場所へと、基本的にいつも出向く側であり、各地でも電車の中でもPCで仕事をすることが多いから、バッテリーはどんどん減ってしまう。
ちなみに、刑事事件の証拠があまりに多いと、紙の形で持ち運ぶのは大変だ。弁護士によってはPDFにしてPCに保存している場合も少なくない(なお、刑事事件の証拠に関しては第8回にも記載しています)。
ようやく千葉から横浜地方裁判所の法廷にたどり着いて、パソコンのバッテリーは残りわずか、でも裁判に欠かせない証拠はパソコンに入っている、そういう時に裁判官からコンセントの利用を制止されたら弁護活動に差障りが生じることは当然である。そして、ただの制止だけではない裁判長の言葉には、弁護士の活動に対する無理解と「いらんこといい」が込められてしまっているように思う。弁護士の、電気を充電することへの渇望には、他の二者とは全く異なるものがある。
とはいえ、裁判所や検察庁はものすごく節電を頑張っている。市役所等と同じように蛍光灯が間引かれているし、冷房も一元管理になっている。廊下は暗いし、暑い日もなかなか冷房が入らないけれど、そうやって節電を頑張っているんだという意識があるのだろう。弁護人のPC充電のような、予期せぬ電力消費に敏感になる気持ちも一方でわかる。
私も403号法廷に行くことがあった。弁護人席の足元に確かにコンセントがある。
司法修習生が5、6人、私の近くに座っている。あまりに距離が近いので、こちらの手元が修習生には見えただろう。私用ではなく刑事司法を担っていると思うからこそ、未来の法曹三者のみなさん、どうぞ見てくださいという気持ちでいた。電気で冷やされたいちごオレは私的でも、この活動を私的と私は感じなかった。
[ライタープロフィール]
山本有紀
1989年大阪府生まれ。京都大学卒業。
大学時代は学園祭スタッフとして立て看板を描く等していた。
神奈川県藤沢市で弁護士として働く。
宝塚歌劇が好き。
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