湘南 BENGOSHI 雪風録 第1回

2020年5月15日

山本有紀

◇2020年4月◯日

横浜地裁民事部から事務所に繰返し電話がある。緊急事態宣言発令を受けて5月6日までの期日は取消し・おって指定とのこと。各事案の依頼者さんに事情を伝える電話をする。

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3月末に横浜の家庭裁判所に行ったとき、申立人待合室の窓とドアが全開になっていた。

風がびゅーびゅー通り抜け、裁判所もコロナ対策大変だな……と思いつつもまだこの時点の私は、期日が取消しになるとは予想していなかった。

期日というのは、裁判の日程(日程にもいろいろ種類があるがここでは割愛)のことで、一般の民事事件であれば事案にもよるが約1ヶ月おきに期日が入る。多くの場合はその日の期日の最後に、次の期日を決める。裁判官が「○月○日の午後はどうですか?」等というので、訴訟の両当事者(代理人がいればその代理人(弁護士))が「お受けできます」や「その日は差支えです……」等と答えて次の期日の日程が決まる。

しかし今回、5月6日までの期日については取消しの上「おって指定」すなわち裁判官が後日指定することになった。

私は弁護士の中でも、専ら個人をお客さんとするいわゆる“町弁”である。弁護士には、町弁の他にも、大きく分けて企業法務系、インハウス等の働き方がある。企業法務系は企業をメインのお客さんにしている。企業間の契約に法的な側面から関わる仕事が多いとのこと。インハウスは弁護士の資格を持ちつつ一つの会社に勤務して、その会社の法務を担当する。

企業法務系であれば、訴訟を仕事にしない弁護士もいるらしいが、町弁は裁判所を主戦場として個人のトラブルを扱うことが多い。

そのため期日が取り消されると、町弁の仕事の多くは実質進まなくなってしまう。私の手帳は突然白くなってしまった。

とはいえ、裁判所は緊急事態宣言中も、新たな訴えの提起を受け付けるとのこと。結果緊急事態宣言が長引けば長引くほど裁判所には事件が積み上がっていくわけで、宣言が解除されたら裁判所はめちゃくちゃ忙しくなるのでは……? ただでさえ忙しそうなのに……? と謎の老婆心を発揮してしまう。

今後の展開の読めなさに不安を感じつつも、確かに裁判所って3密ですよねぇなどと言い合ってその日はひとまず帰宅した。

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◇2020年4月△日

コロナ関係の労働問題相談ホットラインの中の人になる。コロナを理由に、3月末で内定取消しになった人や、会社から出勤しなくていいといわれた人から電話がかかってくる。

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もしコロナにかかっていたら、自分が人にうつしてしまったら、と思うと恐ろしい。治療法の確立していない、死に至(りう)る病だということがあるし、仕事で出歩くことも多いので、出先でもらってそれを人にうつしたりということがないように、手を洗う手にも力が入る。

同時に、身体は健やかでもコロナで売上げが下がったり(弁護士もです)、お給料が入らなかったり/減額されたりするのも喫緊の大問題である。

お店を経営している人なら、売上げを予測して仕入れをしているだろうし、会社にお勤めの人も毎月のお給料はもちろん、一定の残業代が入ることを念頭に置いて生活を設計している人もいると思う。

そういった予測が崩れた深刻なご相談が続き、電話面談では時間の面からも限界があるものの、各相談に一生懸命答えた。

法律相談というのはオーダーメイドで、この状況ならこう、この場合はこうという答えが自動的に弾き出されるものではない。本人の意向がもちろん重要だし、相談を訴訟に持っていくということになれば、本人が重視していなかった事情を裁判所が重視するということもあるので、ある程度時間をとって、周辺の事情も含め本人のお話を色々と聞き取ることが大切になる。事案毎の解を探さなければならないのが町弁のやりがいでもあり難しいところでもあり、顔の見えない「読者」にむかって書くこの仕事はオーダーメイド町弁の仕事とは勝手が違って、今震えながらこれを書いています。

とはいえ大上段に立っていうに、コロナに限らず会社から申し訳ないけど内定取消しね、や、5月6日までとりあえず仕事来なくていいから、などと言われたら、「俺は嫌だ!」とはっきり言った方がいいです。(しつこいようだがケースバイケースではあるものの)会社とあなたは契約の両当事者同士なのであって、会社から一方的に言われたことにおとなしく従わなければならないというものではないです。ここで「嫌だ!」と反抗的な態度をとったことを理由に会社があなたをクビにすることもできないです。逆に内心、嫌だなぁ……と思っていても「はい」と言ってしまうと、後で反論しようにも相手方から「はい」って言ったよねと言われてしまいます。法的には相手に対してどういう意思表示をしたかが大変重視されます。

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◇2020年4月□日

家に帰ると望海さんのブルーレイディスクが届いている。部屋で「あげぽよー!」と思わず声を出してしまう。

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私は宝塚歌劇が好きだ。大好きだ。予約していた宝塚歌劇団雪組トップスター望海風斗さんのブルーレイディスクが発売日の今日届いたのでした。ステージ映像100を口パクで一緒に歌うとめちゃくちゃ楽しい。stay homeエンジョイ選手権があったらこの瞬間はかなり上位に位置していましたね……! とはいえこれを予約したときは、こんな状況になるなんて予想もしていなかった。石を割って咲く日をひたすらに待つ。

[ライタープロフィール]

山本有紀

1989年大阪府生まれ。京都大学卒業。

大学時代は学園祭スタッフとして立て看板を描く等していた。

神奈川県藤沢市で弁護士として働く。

宝塚歌劇が好き。
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