もう一度、外国語にチャレンジ! スペイン語を学ぶ ~メキシコ編~

第10回 植民地都市を席巻するカトリックパワー

文・写真 伊藤ひろみ

 

「外国語学習に年齢制限はない!」「ないのではないか?」いや、「ないと信じたい!」

そんな複雑な思いを抱えながら、まずは都内でスペイン語学習をスタートさせた。そして2023年2月、約1カ月間の語学留学を決行した。目指すはメキシコ・グアナフアト。コロナ禍を経て、満を持しての渡航となった。

 

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<第10回> 植民地都市を席巻するカトリックパワー

 

ホームステイ先のオルガさんはカトリック信者のひとり。時間が許す限り、教会へ行くという。私からリクエストしていたこともあり、日曜ミサに同行することになった。

普段私は教会へ行くこともないし、そもそも信者ではない。だが、祈りの場に興味があり、どこの国や地域に行っても、必ず訪れることにしている。イタリア・ローマでバチカンを訪ね、イスラエル・エルサレムは3大聖地にそれぞれに足を運んだ。ミャンマー・バガンではパゴダめぐりをし、韓国・釜山の山寺でテンプルステイをしたこともある。ここグアナフアトでも、カトリック教会を自分の目で見、その雰囲気を肌で感じたかったのである。

12時半からのミサに間に合うよう、オルガさんと一緒に家を出る。目指すはラ・コンパニーア聖堂(Templo de la Compañía)。グアナフアトを代表する教会のひとつである。グアナフアト大学本館の東隣、オルガさん宅から歩いて10分ほどのところに位置している。

ラ・コンパニーア聖堂のドーム屋根。奥の丘の中腹にピピラ像も見える

 

ミサの開始時間5分前に教会に着くと、すでに多くの信者が集まっていた。比較的、中高年が多いようだが、若い人たちもちらほら。子ども連れの家族もいる。すぐ前の列には、3~4歳と思しき子どもが両親にはさまれ、ちょこんと座っていた。

ミサの前なら問題ないとのことだったので、写真を撮りながら、始まりを待つ。正面の入口は3つあり、今日は左の門から中に入った。右の門の上には、大きな鐘を携えた塔がそびえている。正面部分はチュリゲラ様式(スペイン独自に発展したバロック様式。植民地都市、メキシコの教会建築にもたらされたスタイル)の凝った造りとなっている。内部装飾も豪華できらびやか。中央祭壇の正面には、マリア像が掲げられている。ドーム屋根の窓から差し込む光が神々しい雰囲気を醸し出す。

10分遅れでミサの始まりを告げる音楽が流れ、皆がいっせいに起立する。カメラの手を止め、私も慌てて立ち上がった。びっくりしたのは、エレキギターとドラムが音楽を奏でていること。教会ってパイプオルガンじゃなかったっけ?

聖職者の挨拶、そして聖歌を1曲歌ったあと、神父さんの言葉が続く。力強く、表現力豊かで、とても感情のこもったスピーチである。信者たちは皆、静かに耳を傾けている。ミサはすべてスペイン語で執り行われる。簡単な日常会話のスペイン語でさえままならないのに、お説教やお祈りの内容が理解できるわけがない。言葉がおぼつかない分、ほかのアンテナを研ぎ澄ませるしかない。

しばらくすると、前に座っていた子どもがごそごそ動き始めた。年端もいかない子どもにそのメッセージが届かないのも無理はない。言葉及ばずという意味では、私とて同じ。そう思うと妙に親近感がわいてきて、思わずにんまりしてしまう。しかし、席を立とうとする子どもを諭すように両親が遮っていた。こうやって、子どもたちは我慢することや公の場でのふるまいを学んでいくのだろう。

信者たちはひざまずいてお祈りの言葉を繰り返したり、十字を切ったり。さらに何曲か聖歌を歌い、まわりの人たちと挨拶を交わす。信者たちがポケットから取り出した小銭を教会の関係者が集めて回る。イエス・キリストの聖体がふるまわれ、信者たちが列をなす。オルガさんもその中に加わり、神父さんから直接口に入れてもらっていた。すべての儀式は45分ほどで終わった。

ひんやりとした教会内部とは異なり、外は日がまぶしく、暖かかった。友人たちを見つけたのか、オルガさんは彼らと挨拶したり、近況を尋ねあったりしている。ミサを終えた信者たちを相手に、パンやお菓子を売る屋台も出ている。入口のそばで座り込み、手を差し出す物乞いの姿もあった。

凝った装飾を施しているラ・コンパニーア聖堂の正面入口

 

 

洗礼式から社会見学まで。子どもたちも集う場

ラパス広場にあるのは、バシリカ(Basilica)。壁面が黄色で彩られた、町の中心的な教会である。教会が面しているフアレス通りをしょっちゅう行ったり来たりしていたので、何度も教会の中へ入った。ミサにも参加したが、流れとしては、ラ・コンパニーア聖堂で見学したのとほぼ同じ、基本的なカトリック教会の式次第で進行する。ラ・コンパニーア聖堂とは異なり、ここでの楽器はパイプオルガンを使用していた。

バシリカのミサに集まった人たち。子どもの姿も見える

 

たまたまのタイミングだったが、バシリカで洗礼のセレモニーに出くわしたことがある。白いおくるみに包まれ、母親や父親に抱かれている赤ちゃんや、まだ足取りもおぼつかない子どもたちが親や家族に連れられ、教会へと赴いたようである。ろうそくを灯したあと、家族とともに聖職者の前に進み出て、子どもの頭に水をつける。不安そうにしている子もいれば、泣き出す赤ちゃんもいる。教会内での子どもの泣き声はひときわ耳に響くが、聖職者たちは粛々と儀式を進めていく。洗礼式が終わったあとは、中央祭壇をバックに家族そろって写真撮影。記念の一枚にするためなのか、専門カメラマンを依頼している家族もいた。

白い衣装で洗礼式に臨む子どもたちとその家族

 

別のある日の午後。バシリカを訪問する小学生1~2年生くらいのグループにも会った。社会見学の一環なのだろうか。引率の先生が、10人ほどの子どもたちを前に、何やらスペイン語で説明している。教会内部の造りや聖書の話などをしているようであるが、私には詳しいところまで理解が及ばない。およそスペイン語に関しては、小学1年生以下のレベルなのだ。わかってはいるが、やっぱり悲しい!

 

灰の水曜日は禁欲の日々の始まり

「ヒロミ、今日は教会へ行くといいよ。〇〇だから」

朝食時、オルガさんが私に教えてくれたのである。パンにかじりついていた手を止め、その情報にくいつく。ん? 何のこと?

オルガさんがスペイン語で説明を始めたが、ますます混乱する。私には言葉では伝わらないと感じたのか、手を額にあて、何かをつけるそぶりをしている。オルガさんの様子を確認しつつ、ネットで検索を始めた。

イエス・キリストの復活を祝うのが復活祭。メキシコなどスペイン語圏では、イースターにあたる聖週間はセマナ・サンタという。イエスが復活するまでは、信者にとって苦難の時期(四旬節)。回心、節制、受難などの言葉が並ぶ。その対応は人によってさまざまだが、禁酒、禁煙を実行するほか、日によっては肉を食べないなど、日常生活においても静かに禁欲的に過ごすことが求められる。こうして重苦しい日々を超えたあとは復活を盛大に祝い、喜びを分かち合う。イエス誕生の日は12月25日と定まっているが、イースターは年によって日が変わり、私が滞在していた2023年は4月9日。信者にとっては、これらのカレンダーを常に意識しながら、宗教行事に備えるのである。

今日がその受難期間の始まりで、「灰の水曜日(imposición de ceniza)」と呼ばれている。オルガさんは私に、その儀式が教会で行われることをスペイン語で、さらにジェスチャーで伝えたかったのである。朝食の後片づけが終わったら、オルガさんは教会に行くつもりだという。一緒に行きたい。でも、午前中はスペイン語の授業がある!

授業後、ラ・コンパニーア聖堂へ急ぐ。儀式の時間まではわからなかったが、まずはのぞいてみることにした。堂内に列をなしている信者たちの姿が見える。今日の中央祭壇の後ろは、十字架を背負ったイエスの像に変わっている。祭壇前に聖職者が立ち、信者のひとりひとりの額に灰をつける。

よちよち歩きの男の子が、親に手をひかれて並んでいる。順番が回ってくると、恐れをなしたのか、思わず泣き出してしまった。親が抱きかかえ、なんとか一瞬のうちにことを済ませたようだ。こうした儀式の意味することがわからなければ、その必要性もありがたみもない。だが、彼も早晩それらを会得していくことだろう。

灰の水曜日。ラ・コンパニーア聖堂に集まった信者たち

 

私が何度も足を運んだラ・コンパニーア聖堂やバシリカのほかに、ラ・ウニオン公園の前にはサン・ディエゴ教会、ドン・キホーテ肖像博物館のすぐそばにはサン・フランシスコ教会、フアレス通りの西にはベレン教会など、グアナフアトは小さな町だが、いくつも教会がある。カトリック信者にとって、祈りの場に事欠くことはなさそうである。

カトリック信者が大多数と言われているが、若い世代を中心に、信者ではなく、まったく教会へも行かないという人もいる。スペイン語教師のマヌエールは50代だが、カトリックに関心がないどころか、信者をからかうような発言もしばしば。祈っているだけでは何も変わらない、彼はそう信じている。

バシリカ(左)は町のメルクマール。レストランやカフェが軒を連ね、人通りが絶えないエリアにある

 

スペイン人たちがもたらしたこの宗教は、よきにつけ悪しきにつけ、植民地都市に大きな影響を及ぼした。豪華絢爛な教会建築も儀式のありようも、大西洋を越えてやってきたもの。500年以上ものときを超え、今なお絶大なカトリックパワーを発揮し続けている。

 

ミニミニ・スペイン語レッスン〈10〉

★スペイン語の発音 ~その2~

 

スペイン語の文字は、27個。英語のアルファベット26文字に、ñ(エニェ)という文字が加わる。母音字は日本語と同じ5つ(a,e,i,o,u)。uはしっかり口を丸めて発音するなど、日本語とまったく同じではないが、ほぼ日本語読みで通じるのでありがたい。

子音字の発音で特徴的なのは、rやrrであることは第3回で触れたが、そのほかいくつか注意する点をあげておこう。

そのひとつがj(ホタ)。たとえば、メキシコの地名Guanajuato はグアナフアトと息を強く出す音になり、英語のjとは異なる。x(エキス)は/ks/と発音することもあるが、メキシコはMéxicoと綴り(アクセント符号がつくことに注意)、メヒコとなる。スペイン語ならではのñは、たとえばスペインは、España(エスパーニャ)と発音する。hは文字としては使用するが、発音しない。この例として、息子はhijoと書くが、イホと読む。このルールからいくと、私の名前はイロミと呼ばれるかと思ったが、心配は無用。オルガさんをはじめ、みなヒロミと発音してくれた。よかった よかった!

[ライタープロフィール]

伊藤ひろみ

ライター・編集者。出版社での編集者勤務を経てフリーに。航空会社の機内誌、フリーペーパーなどに紀行文やエッセイを寄稿。主な著書に『マルタ 地中海楽園ガイド』(彩流社)、『釜山 今と昔を歩く旅』(新幹社)などがある。日本旅行作家協会会員。

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