もう一度、外国語にチャレンジ! スペイン語を学ぶ ~メキシコ編~

第3回 スペイン語ネイティブに囲まれ、四苦八苦

                       文・写真 伊藤ひろみ

 「外国語学習に年齢制限はない!」「ないのではないか?」いや、「ないと信じたい!」

そんな複雑な思いを抱えながら、まずは都内でスペイン語学習をスタートさせた。そして2023年2月、約1カ月間の語学留学を決行した。目指すはメキシコ・グアナフアト。コロナ禍を経て、満を持しての渡航となった。

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<第3回> スペイン語ネイティブに囲まれ、四苦八苦

 

どこからか鐘の音が聞こえる。昨晩とうって変わって、穏やかな朝。窓辺からはキラキラと輝く日の光が差し込んでいる。

昨晩、ここグアナフアトの滞在先へ到着したのが午後11時過ぎ。結局、床についたのは午前2時をまわっていた。思ったより夜が寒く、足元から冷える。クローゼットにしまってあった毛布をごそごそと取り出し、シーツの上に重ねて眠った。

今回は現地の家庭でホームステイすることを選んだ。少しでもスペイン語にふれる機会を増やすため、そして彼らのリアルな日常を知るためである。オルガさん宅は、1階と2階の一部が自宅スペース、2階から4階まで4つの部屋を貸している。それぞれ独立した部屋になっていて、外階段を使って出入りする。

私は3階のひと部屋を借りることになった。10畳くらいのスペースに、ベッド、机、椅子、ソファが置いてある。その奥に洗面、トイレ、シャワーが使えるバスルーム。24時間お湯も出るし、トラブルが多い水まわりも問題ないようでありがたい。日本では当たり前だと思っていることも、海外へ出ればそうでない場所も少なくない。限られた予算内でストレスなく過ごせる場所をいかに確保するかが、旅の最初の一歩である。

ホームステイ先の概観(左)、借りていた部屋の様子(右)

 

午前8時、オルガさん宅の母屋(なんとも日本的な表現だが、以降ホストファミリーの住まいスペースを指すことばとして使用)へ行き、「¡Buenos días!(ブエノス・ディアス・おはようございます)と声をかける。

母屋の入口すぐはダイニングルーム。その奥にあるキッチンから、オルガさんが挨拶を返す声が聞こえた。7~8人が座れそうな大きなテーブルには、すでに朝食のテーブルセッティングがなされている。私は日本から予約を入れた際、朝食と夕食の提供をお願いした。オルガさん宅では、「食事なし」でも「3食すべて」でも可能。依頼内容に合わせて対応してくれる。

キッチンでは、オルガさんがスクランブルエッグを作っている。卵2個分を解きほぐして焼き、豆のペーストを添えた。すぐにトーストも焼き上がった。さらにパパイヤ、マンゴー、バナナなどのカットフルーツ、ヨーグルトもある。

食べるための口は問題なく動くが、オルガさんとのスペイン語のやりとりは、つまってばかり。「昨日はよく眠れたか」「東京はここより寒いのか」「嫌いな食べ物はないか」など、次々に飛んでくる質問はなんとか理解はできるものの、それを返す言葉にもたつく。

オルガさんは、ホストファミリーとして部屋や食事を提供して20年ほどになるという。子どもは結婚し別所帯を持っていて、孫も数人いるようだ。現在は、ここで夫と二人暮らし。もちろんスペイン語ネイティブで、英語はほとんど話せない。普段家族や友人と話しているように私にスペイン語で話しかけてくれる。こちらは、スマホの辞書機能や持参した電子辞書の力を借りつつ、なんとか会話をつなぐ。できない自分に苛立ち、落ち込み、そして気合を入れなおす。もっとスムーズにやりとりできるようにならないと!

 

ボリュームたっぷりの朝食で元気モリモリ

カナダでも日本でもありえない!

グアナフアトには、スペイン語を学ぶための語学学校が数校あった。だが、コロナ・パンデミックの約3年間で、いくつかは閉鎖したり、オンライン授業に切り替わったりしていた。結局申し込んだのは、グアナフアト大学にある言語センター。大学に併設されている外国語専門の学習機関である。ホームステイ先から歩いて6~7分と近かったこと、希望のクラスが対面授業で開講されていたことなどによる。授業は月~金の週5日、午前9時から12時まで(金曜のみ11時まで)。文法、会話などを学ぶ総合コースのA1クラスへ。文法だけならもう少し上クラスもありえたが、なにせ話せないので、一番下のレベルをリクエストし、そこに配置された。

授業日初日、ちょうど家を出ようとしたとき、4階に滞在している女子とばったり会った。ソフィアと名乗り、カナダのプリンスエドワード島から来たと自己紹介した。「わー、赤毛のアンの島だ!」 ソフィアによると、日本の観光客にも人気があるところだそうだが、ここしばらくはコロナで残念な状況だったらしい。「私もいつか行ってみたいな」

とにもかくにも、英語が通じる相手だ。よかった、よかった! 彼女もこれからグアナフアト大学言語センターへ向かうところだったので、一緒に歩き出す。

ソフィアも先週来たばかり。彼女もここで1か月ほど滞在するようだ。しかも、A1クラスだという。カナダと東京から、ほぼ同じタイミングで同じ場所でスペイン語を学ぶことになるとは、なんとも不思議な縁ではないか。

オルガさんに食事はお願いしていないのかと尋ねると、部屋だけを借りていると答えた。カナダではレストランで働いているらしく、料理が得意なようだ。4階はキッチン付きの部屋である。冷蔵庫や調理道具もあるので問題ないらしい。カナダはこの時期寒いので、レストランはほぼ休業状態なのだという。夏の間、めいっぱい働いてお金を貯め、冬はこうして休みを取り、あちこち旅をしているようだった。

8時50分、グアナフアト大学言語センターへ到着。ソフィアと一緒に教室に入る。「どんな先生かな?」ドキドキしながら、開始を待つ。

9時10分、15分……。まだ先生が来ない! どうなってるの? 何があったの? いささか心配になってくる。落ち着かない私の様子を見て、ソフィアが言った。「先生は時間通り来ないよ!」 彼女はすでに先週1度授業を受けたので、様子がわかっているのだろう。「カナダではありえないけどね」

結局、先生が教室に入ってきたのは9時20分過ぎだった。

 

グアナフアト大学のシンボルになっている階段(左)。 言語センター(右)は大学に併設されている

  

すべての問題はテキーラとともに解決する?

彼の名はマヌエール。遅れたことを弁明するでもなく、詫びの言葉もない。何事もなかったかのように、朗らかに元気よく朝の挨拶をしただけ。これがフツー? 時間にゆるーいのがメキシコ?

彼は50歳くらいだろうか。肌がやや浅黒く、全体に濃い顔だち。たくわえた口ひげが印象的だ。ソフィアと私も軽く自己紹介をしたあと、すぐさま授業がスタートした。

まずは、名詞の性について。男性名詞か女性名詞かは語尾で見分ける。一般的には、oで終わっていれば男性名詞、 aだと女性名詞だ。だが、それですべて片付くわけではない。中には、oで終わっているのに女性名詞、aなのに男性名詞というへそまがりが存在する。前者の例としては、mano(マーノ・手)、foto(フォート・写真)など、後者の例としては、mapa(マーパ・地図)、idioma(イディオーマ・言語)、poema(ポエーマ・詩)など。このルールや注意すべき基本単語のいくつかは日本で学んでいたが、スペイン語オンリーの説明に聞き耳をたてる。

aで終わる男性名詞の例として、problema(プロブレーマ・問題)という語を板書したとき、思い出したようにマヌエールが、こう続けた。Todos los problemas se resuelven con tequila. 意味がわからず、きょとんとしているソフィアと私に、英語でこう説明した。「すべての問題はテキーラとともに解決する」という意味だと。そして、ドヤ顔で豪快に笑うマヌエール。ちなみに、tequilaもaで終わる単語だが、女性名詞にあらず。言葉に例外はつきもの、油断禁物なのだ。

次に人や物の様子を伝える形容詞へと広げていく。さらに、動詞ser(セール・~である)の活用を使い、自分のこと、家族のこと、友人のことなどについて話す練習へと続く。9時から9時50分(実際には9時20分ごろからだったが)、休憩をはさんで10時から10時50分までの2コマはマヌエールが担当した。学習者は、日本人男子が1人加わり、計3人という小クラス。密度の濃い時間となった。

3コマ目は、まだ20代半ばと思しきカルロス先生に変わった。マヌエールのオジサン的ふるまいとは真逆の、ソフトでやさしそうな男性だ。今日は数字の練習。ますは1から20まで。さらに100までに広げて繰り返す。これらもひととおり勉強していたが、普段使うことがないだけに、すぐに出てこない。「わかる(知っている)」と「できる」の間には、深くて大きな溝がある。

 

ホストファミリー宅の近くで見つけたアートな壁画

こんなふうにしてスペイン語どっぷりの時間へ。望んで飛び込んだ世界とはいえ、やはり疲れる。相手の言葉が理解できなかったり、こちらが言いたいことを適切に伝えられなかったりと、とにかくもどかしい。それを乗り切るには、エネルギーもいる。

やっぱり若いうちに勉強しておくべきだったかな。

 

ミニミニ・スペイン語レッスン〈3〉

★スペイン語の発音

日本語ネイティブにとって、スペイン語は発音しやすい外国語のひとつだと言われている。その理由は、語の基本が[子音+母音]の開音節構造になっていて、日本語に近いからである。英語は、つづり字とその読みに結構な乖離がある語も珍しくない。だが、スペイン語はそうした問題が少ないので、つづり字にしたがってそのまま読めばいい、そう教わった。

 

確かに、日本語母語話者には、スペイン語の音は耳になじみやすく、発音もしやすいのかもしれない。ただし、注意すべき点もいくかある。そのひとつは、語頭のrや、rrの発音。特徴的なスペイン語の音のひとつである。舌先を上顎につけて、舌をブルルルと複数回弾かせて発音するが、すぐにこれができる人ばかりではないようだ。私はボイトレでこの練習をしたことがあったので、この音を出そうと思えばすぐに出せたのだが、文や語の途中にこれが入ると、やはり戸惑う。「サッポロラーメン」の「ロ」と「ラ」がこれに近く、繰り返し練習すれば、できるようになるとのアドバイスも聞いたことがある。

 

目で見て覚えるだけでなく、音で耳に入れ、それを口に出し、繰り返し練習する。これはスペイン語学習に限ったことではなく、すべての外国語学習の基本である。と、よーくわかってはいるが、「言うは易く行うは難し」

 

[ライタープロフィール]

伊藤ひろみ

ライター・編集者。出版社での編集者勤務を経てフリーに。航空会社の機内誌、フリーペーパーなどに紀行文やエッセイを寄稿。主な著書に『マルタ 地中海楽園ガイド』(彩流社)、『釜山 今と昔を歩く旅』(新幹社)などがある。日本旅行作家協会会員。

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