もう一度、外国語にチャレンジ! スペイン語を学ぶ ~メキシコ編~

第8回 音楽があふれる町、グアナフアト

文・写真 伊藤ひろみ

 

「外国語学習に年齢制限はない!」「ないのではないか?」いや、「ないと信じたい!」

そんな複雑な思いを抱えながら、まずは都内でスペイン語学習をスタートさせた。そして2023年2月、約1カ月間の語学留学を決行した。目指すはメキシコ・グアナフアト。コロナ禍を経て、満を持しての渡航となった。

 

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 音楽があふれる町、グアナフアト

 

必見の場所を見逃した!

 前回は博物館、美術館を紹介したが、今回は劇場、コンサートホールや音楽関連の情報を取り上げたい。

 

グアナフアトの顔とも言えるのが、フアレス劇場(Teatro Juárez)である。teatro は英語でtheater/theatreにあたり、Juárezはメキシコ元大統領、ベニート・フアレス(Benito Juárez)の名からとったもの。彼は先住民の農夫の家に生まれたが、熱心に学び、弁護士、裁判官に。さらにオアハカ州の知事を務めるも、反体制と見られて投獄されたり、アメリカへ亡命したりと、波乱の人生を余儀なくされる。だが、一貫して改革を推し進め、建国の父と称えられる存在である。メキシコを代表する政治家の名がついた劇場だけに、期待も大きい。旅する前に資料をチェックしながら、ここはマストの訪問場所と決めていた。しかし……。

 

滞在2日目にフアレス劇場を訪問してびっくり。四方が板で囲われていて、中に入れない! なぜ?

建物の周りをぐるぐる回って、係員などがいないか探してみたり、囲いに表示がないかチェックしてみたりしたが、手がかりなし。ホストファミリーや友人、知人などにも尋ねてみたのだが、わかったのは、現在改装中であることだけ。いつ再開するかは誰も知らなかった。ここでクラシック音楽やオペラを聴こうと楽しみにしていたのに、内部の見学さえ叶わないとは、本当に残念!

手前に見えるのがサンディエゴ教会、その左がフアレス劇場。メインストリートに面した賑やかな場所にある

 

フアレス劇場は着工から30年余を経て、1903年に完成した。こけらおとしには、ヴェルディの『アイーダ』が上演されたという。正面玄関には6本の柱廊、さらに上部には、ギリシャ女神の彫像が並んでいる。豪華でりっぱな外観もさることながら、アラビア風、ムーア風などが混じった折衷様式で、金を豊富に使った内部装飾も見事らしい。毎年10月に開かれるセルバンテス国際芸術祭のメイン会場にもなっている。

これらは調べればわかる情報だが、私が内部を見学し、体感したものでないだけに、説得力に欠けると言わざるを得ない。囲われた板の上に見える柱の一部や女神像から、今回はほんの少し味わう程度にとどまってしまった。

 

「今すぐ」は、「今すぐ」にあらず

その日は午後、CADDI(CADDIについては、第6回を参照してください)にいた。スペイン語授業の宿題をしたり、復習したりしていた。夕刻勉強しにやってきたジョンから、今晩グアナフアト大学でコンサートが開催されるという情報を得た。クラスメートのソフィアもカナダ人だが、ジョンもカナダ・ヴィクトリア出身。メキシコでいく人かのカナダ人と会えるとは予想外だった。たまたまなのか、それだけ多く来ているということなのかはわからないけれど。お互いたどたどしいスペイン語でやりとりするのをあきらめ、会話は英語に変わる。彼はすでに6か月ほど滞在していて、町の情報に詳しかった。

コンサートは午後7時から。いつもならホームステイ先に戻っている時間だが、6時半過ぎに勉強を切り上げ、会場へ向かった。ジョンは他の用があるらしく、CADDIで別れた。

大学のシンボル、フォトジェニックな階段を登り切ったところがホールの入口だった。つい先日、大学本館内に入ったが、ここは初めて。「大学の中にこんなりっぱなホールがあったんだ」

ステージではマイクのセッティング中。観客はまだわずかしか入っていない。7時までには少し時間があるからだろう。席に座って始まりを待つことにする。

だが、開始時刻になってもスタートする気配がない。7時10分、20分……。さすがに、心配になってきた。近くにいたスタッフに尋ねる。「何時に始まりますか?」

返ってきた答えが、“Ahorita.(アオリータ)”

アオリータ? アオリータって何? (ミニミニ・スペイン語レッスンで解説しています)

グアナフアト大学内にあるホール。学生だけでなく、市民にも開かれた場となっている

 

いつもなら、7時半は夕食の時間。この情報を得た時点で8時にずらしてもらうようオルガさんに連絡していた。ここからホームステイ先までは徒歩約10分。あまり遅くなるのもオルガさんに悪いし、ひとりで外食するのも避けたかった。最後までは無理だが、何曲かは聴けるだろう。

しかし、ここはメキシコ。すべてが時間通りに動く日本とはまったく異なる世界なのだ。結局コンサートが始まったのは、7時30分過ぎ。2曲目の途中で、退散しなければならなかった。観客も心得ているのか、その時間になると8割がた席が埋まっていた。

クラシックコンサートかと思ったが、ポピュラー音楽だった。もっとも聴けたのはほんのわずかだったので、すべての曲についてはわからない。まさに、後ろ髪をひかれる思いで、会場を後にした。

ホールの外に出ると、夜の寒さが肌を包んだ。大学の階段の上から見る夜空が美しく、こころなしか月が大きく見えた。

 

グアナフアトで唯一楽しんだコンサート

「ヒロミ、今度プリンシパル劇場(Teatro Principal)でクラシックコンサートがあるけど、行く?」

ある日の朝食時、オルガさんが私に尋ねた。フアレス劇場が改装中であること、先日のグアナフアト大学でのコンサートもほとんど聴けなかったことを知っていたので、情報を提供してくれたのである。「もちろん、行きます!」

プリンシパル劇場の前身となる建物は1788年に建てられ、フアレス劇場よりもさらに古い。改装、老朽化による閉鎖、火災後の再建などを経て、1955年に現在の様式になった。年間を通して、コンサート、演劇、ダンスなど文化イベントが多数催されるほか、セルバンテス国際芸術祭の会場にもなっている。知名度、建物の華やかさではフアレス劇場には及ばないものの、歴史ある貴重な文化施設となっている。

席数は400くらいだろうか。さほど大きなホールではないが、その分演者との距離が近く感じられる。オルガさんも友人と来ていたし、ソフィアにも会った。さらに、言語センターで学んでいる学生など、多くの顔なじみが会場を埋めた。

グアナフアト大学交響楽団によるクラシックコンサートで、ショパンのピアノ協奏曲、シューマンの交響曲などを披露した。不発続きだった音楽鑑賞だったが、じっくり味わうことができた唯一の劇場となった。

プリンシパル劇場で開催されたクラシックコンサートの様子

 

ナイトライフで音楽を満喫する

グアナフアトで観光客に人気なのが、エストゥディアンティーナ(estudiantina)と呼ばれる野外ライブ演奏楽団。夕刻になると、金ボタンや刺しゅうで飾られた独特の衣装をまとい、楽器をたずさえ、どこからともなくやってくる。一か所にとどまらず、公園、通り、店の前など町を練り歩きながら演奏するグループが多く、ラ・パス広場、イダルゴ市場付近などで遭遇する確率が高い。中でも賑やかなのがラ・ウニオン広場。この付近は、ナイトライフを楽しめるバーやレストランも多く、食事する客たちや公園でのんびりする人たちの耳を楽しませる。

楽団は5~6人くらいのメンバーで構成されることが多いが、さらに規模が大きいグループもあるようだ。奏でる楽器は、ギター、マンドリン、ヴァイオリン、コントラバス、アコーディオンなどさまざま。グループによっても異なるようだ。

夜になると、いくつもの楽団が入り乱れ、大合唱となることも。わざわざ劇場やコンサートホールを訪ねなくても、身近に音楽があふれている。移動しながらあちこちで演奏する彼らとともに、町をめぐるツアーもあると聞く。

サンディエゴ教会横で演奏していたエストゥディアンティーナ

とある夜、語学センターの学生たちと入ったのはカラオケバー。店内には、歌詞を映し出すモニター画面、奥には一段高いステージがあった。歌いたい人は、テーブルにあるペーパーに曲名などを書いてスタッフに渡し、順を待つというアナログシステム。リクエストが多いのか、マイクを持つ人が絶えることがなかった。ボックスならともかく、こういうスタイルに慣れていない日本人学生は誰も歌おうとはしない。そんななか、さっと舞台に躍り出たソフィア。いつのまにかリクエストを入れていた英語の曲がかかったからだ。教室で見せる顔とはまったく異なる表情で感情豊かに熱唱。拍手喝采で、大いに会場が沸いた。

ラ・ウニオン広場付近は、飲み歩いたり、カラオケを楽しんだりする人たちで夜遅くまで賑わう。

ちなみに、メキシコでもカラオケはカラオケ。やはり世界共通のワードだった。

飲んだり、歌ったりしながら、ナイトライフを楽しむ人たち

 

ミニミニ・スペイン語レッスン〈8〉

「-ito/-ita」は小さく、かわいらしく。

スペイン語でahora とは、「今」「現在」という意味で、英語のnowにあたる副詞。ahoritaは「-ito/-ita」をつけた語で、(文法用語としては、縮小辞、指小辞などと呼ばれている)。「今すぐ」「たった今」というような意味になる。

メキシコでは、この「-ito/-ita」が頻繁に使われる。たとえば名前だとPablo(パブロ・男性の名前)→Pablito、Ana(アナ・女性の名前)→ Anitaのように。「-ito/-ita」をくっつけて呼ぶと、「~ちゃん」的ニュアンスになり、より親しみをもっているような印象を与える。

gato(ガト・猫)→ gatito(メス猫の場合はgata → gatita)、 chico(チコ・男の子 → chiquito(女の子の場合はchica → chiquita)などの名詞につくこと多いが、gordo(ゴルド・太っている) → gordito (女性の場合  gorda → gordita) といった形容詞にも使われる。さらに、poco(ポコ・少し)→ poquito → poquitito という3段活用的変化もある。

一般的には、「小さい」「かわいらしい」などの意を表現することが多いが、ahoritaの場合は、ahoraの強調のような使い方だったようである。しかし、コンサートが始まったのは、その答えを得てからさらに10分ほどしてからのこと。日本的時間感覚からすると「今すぐ」と表現するのが適切かどうかは微妙なところだが、彼らの日常からは、ahoritaの範囲だったのだろう。

その後、ahoritaは頻繁に耳にすることになった。気持ちとしては「今すぐ」なのだろうけれど、どの程度「今すぐ」なのかは、人によりけり、状況によりけり、というところのようである。

ahora は知っていても、ahoritaと言われると、慣れないうちは「それって、何?」となりがち。日々新しい語彙と出会ってアップアップなのに、こんな変化球が飛んでくると、さらに戸惑ってしまう。だが、これこそが現地で学ぶということなんだろうなぁ。

[ライタープロフィール]

伊藤ひろみ

ライター・編集者。出版社での編集者勤務を経てフリーに。航空会社の機内誌、フリーペーパーなどに紀行文やエッセイを寄稿。主な著書に『マルタ 地中海楽園ガイド』(彩流社)、『釜山 今と昔を歩く旅』(新幹社)などがある。日本旅行作家協会会員。

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