湘南 ＢＥＮＧＯＳＨＩ 雪風録 第20回

2022年2月15日

山本有紀

大学生の頃、アルバイトは何をしてるの？　家庭教師とか？　と聞かれることがあった。

当時、家庭教師のアルバイトをするには「家庭教師のトライ」に登録する方法もあったが、学内の掲示板に貼られている「高２、数学・理科、週２〜」の募集に応募する方法が支持されていた。家庭教師をしたい希望者が、決められた時間に集まって、じゃんけんで決めると聞いたことがある。

実際に家庭教師をしている友人から、生徒の家族にも優しくされ本当に良い仕事だと聞いたこともあった。下宿生はまかないが好きだ。

しかし「先生」として相手に物を教え、今度は相手が自力でそれをできるようにする、挙句どこか希望する学校へ合格してもらうということは、ゆるいゆるいキャンパスライフの片手間ではできない、かなりの離れ業のように私には思われた。

先生、なんでこの英語の文章はこの並びになるんですか？　うーん。理由はようわからんけど洋楽の歌詞はそうなってるよね……。この前のライブ行ったときもそうやったなぁ。とりあえず普段英語の人らがこの並びで話してんねん。

受験生だった頃の一途な必死さは、同じところをぐるぐる回り答えの出なかった大学生活の中には存在せず、そんな自分の変容を受験生に見透かされるのも避けたかった。

一方で私は、にっこりしていらっしゃいませなどと言い添えることに特段苦手意識がなかった。下宿も大学もバイト先も全部近場にしておきたいという野心があり、時計台（百周年時計台記念館）の目の前にあるカンフォーラというレストランでバイトしていた。

総長カレー（知名度がどのくらいあるのかわからないけれど）を出しているお店だ。

実際には、九条ネギか蟹のパスタあたりが多く出るメニューだったと思う。ハートランドビールが安くて、閉店間際に来ていっぱいおつまみを頼むお客さんがいた。

バイトが終わって外に出ると、それまでは五分袖で汗をかくくらいだったのに身の引き締まるように寒い。しかし、楠の前でパンツ１枚でセリフを読み上げている人がいる。テントが張られていてランプがついている。鍵自体ついていない自転車に乗って、知塩寮の隣の１００円ローソンで明日のパンを買って帰った。

それが今、仕事をしている中で「先生」と呼ばれることがあるのである。

ただこの「先生」は、相手が自分でそれをできるようにすることがゴールでないので、かなり趣が違う。説明も、相手の個別のケースについて、どうなる、こうなる、こういうことは考えられるということを伝えるので、勉強の「先生」とは役目が違っている。

そんな私が、最近、〇〇の講義、〇〇の講演等と、なにか一般的真理と言えるようなものを複数人の前で話すよう求められることがあるのである。

これは私の恐れていた「先生」業にかなり近い。その人が持ち帰って今後の生活の判断の糧にするような、正しいことを話さなくてはならないというプレッシャーがのしかかる。例外を調べ出すとキリがない。人間は、一体全体、そんなにも、正確に話すことができるのでしょうか。全部の語尾に「知らんけど」をつけてもいいですか？

私が緊張して話せば話すほど、みんなが黙って真面目に、一方的な私の話を聞いてくれているのも恐ろしい。

何でもいいから何かツッコミがほしい。これは関西人のサガでしょうか。

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山本有紀