第11回 カトリックの影響力、いまだ強し!?
文・写真 伊藤ひろみ
外国語学習に年齢制限はない!――そう意気込んで、国内でスペイン語学習に挑戦したものの、思うように前進しない日々が続いていた。そんな停滞に歯止めをかけるべく、現地で学んでみようとメキシコ・グアナフアトへと向かったのが2023年2月。約1か月間、ホームステイをしながら、スペイン語講座に通った(くわしくは、「もう一度、外国語にチャレンジ! スペイン語を学ぶ ~メキシコ編~」をご参照ください)。
1年後、再び短期留学を決意する。目指したのはスペインの古都トレドである。
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<第11回> カトリックの影響力、いまだ強し!?
トレドにおける文化・宗教の混淆
スペインはれっきとしたカトリックの国である。国民の約70%がカトリック信者というデータもあるようだが、実際のところはどうなのか。ひとくちにカトリックと言ってもかなり温度差があり、教会へ足しげく通ったり、強い信仰心を持っていたりする人もいるし、そうでない人もいるようである。
今回お世話になっているマルタファミリーは、誰も教会へ行かない。家の中にイエスやマリア像、十字架などは、ひとつも飾られていない。彼らと過ごす日常は、およそ宗教とは無縁という印象である。
しかしながら、実際にトレドの町を歩いてみると、宗教色にあふれていることがわかる。現在はカトリシズム色に包まれているが、モスクやシナゴーグなど、イスラム勢力が支配していた名残もあるし、ユダヤ教の影響も大きい。それらは、歴史的に多様な文化・宗教を受け入れてきた町の深みにつながっている。さらには、トレドの重要な観光資源になっていることも忘れてはならないだろう。

市役所前の広場から見た大聖堂。門の上部には12使徒の像が置かれている
象徴として、観光名所としての大聖堂
この町の重要なランドマークのひとつが、トレド大聖堂(Catedral de Toledo)。トレドに来たすべての観光客は、まずここを訪ねるという。私は初日に外観を見に行って以来、何度も付近をうろついたが、あえて中へ入るのを控えていた。トレドに滞在して2週間ほどたったころ、じっくり見てみることにした。
まずは大聖堂の南にある建物へ向かう。大聖堂内を見学するためには、あらかじめここでチケットを購入しなければならないからだ。料金は12€(2024年2月現在・約1,900円)。教会の内部見学としては、なかなかの値段である。QRコードが印刷されているレシートを受け取り、通りをはさんで大聖堂の入口へ。ほかにもいくつか門があるが、観光客が出入りできるのは、南側にあるこの門からだけ。入口で係の人がQRコードを読み取って、確認している。滞りなく管理されているのがよくわかる。
いよいよ大聖堂内へ。でかい! 天井が高い! 誰もが、まずはその大きさに圧倒されるに違いない。
中央祭壇には、壁一面にキリストの生涯が描かれた祭壇画が飾られている。高さ30mにも及ぶという。一面金色に輝く荘厳で繊細なデコレーション。そのスケールに飲み込まれ、自分がとてもちっぽけな存在に思えてくる。柵に囲まれていたため、近くに寄ってディテールを見ることができなかったのは残念だった。

ドーム型の中央祭壇の壁面。圧巻の装飾に息をのむ
聖堂内の中央にある聖歌隊席は、ルネサンス様式とゴシック様式が混在し、こちらも凝った造りである。白いマリア像、壮大なオルガン、デコラティブな合唱隊席、重要な芸術作品の数々。私は今までいくつもの教会を訪れたが、こんなりっぱな聖歌隊席を見るのは初めて。ここでいつ誰がどんな歌を歌うのか、俗っぽい疑問ばかりが頭に浮かんでしまう。
聖堂中央に位置する身廊(中央にある長方形状の祈りの空間)を取り囲むように、さらに20以上もの礼拝堂が置かれている。どこで祈ろうかと迷ってしまうほどだ。
随所にステンドグラスが配され、陽の光を浴びて、聖堂内を彩り豊かに演出している。全体としては薄暗く、ひんやりとした空気に包まれている。

天井が高く、凝ったステンドグラスが教会を彩る
さらに、大聖堂の一番の見どころと言われているトランスパレンテ(El Transparente)を探す。中央祭壇の裏側にまわり、見上げてみると、あかりとりのように作られた丸い天窓が見えた。どうやら、このことのようである。その窓から差し込む光が凝った彫刻やデコラティブな装飾にあたって、輝いて見える。その美に魅了されるとともに、秀逸のアイディアにも感心させられた。

トランスパレンテは写真右上にある天窓のこと。ここから光が差し込み、幻想的な世界を演出する
大聖堂でエル・グレコの作品も鑑賞できる
聖具室へと進む。聖具室とは、ミサなどで使う衣装や礼拝に使用する道具などが保管されているところ。ここでは、エル・グレコの代表作のひとつ、『聖衣剥奪』を鑑賞できる。
第8回でエル・グレコ博物館を紹介したが、トレドの町には、エル・グレコの作品が点在している。この大聖堂もそのひとつで、博物館を思わせるようなりっぱな部屋に飾られていた。
この作品は、幾人かが赤い聖衣を着たイエス・キリストを取り囲んでいるという構図。このあと、聖衣が引き裂かれ、十字架に磔にされるのであろう。そんな状況下にいる彼の戸惑いが見てとれるが、エル・グレコが描くイエス・キリストはどこかやさしげな雰囲気がある。縦285㎝、横173㎝という大きな作品で、これまた豪華な額に収まり、うやうやしく飾られているのも印象的だった。

エル・グレコの代表作『聖衣剥奪』も必見
内部見学だけでも2時間近くを要した。あまりにスケールが大きく、過剰ともいえる装飾に圧倒され続け、息苦しいほど。大聖堂の外に出た瞬間、肩の力が抜けた。
この大聖堂は、フェルナンド3世の命により1226年に着工し1493年に完成した。費やした時間、資金、技術、人材など想像もつかない。
スペイン・ゴシック様式の最高傑作とも言われる大聖堂の中央祭壇で、いったいどんなミサが行われるのかと気になりながらも、それを体験する機会はついぞ訪れなかった。

ライトアップされた夜の大聖堂もきらびやかで美しい
[ライタープロフィール]
伊藤ひろみ
ライター・編集者。出版社での編集者勤務を経てフリーに。航空会社の機内誌、フリーペーパーなどに紀行文やエッセイを寄稿。主な著書に『マルタ 地中海楽園ガイド』(彩流社)、『釜山 今と昔を歩く旅』(新幹社)などがある。日本旅行作家協会会員。