スージー鈴木のロックンロールとしての日本文学 第2回

第2回 志賀直哉『城の崎にて』と松任谷由実『ツバメのように』

スージー鈴木

■主人公の生と動物たちの死との対比がテーマ

第2回は志賀直哉『城の崎にて』。1917年(大正6年)の発表なので、約100年前の作品になる。前回の芥川龍之介『羅生門』に負けず劣らず、今回もまた短編だ。文庫本でたった10ページ。あっという間に読めた。しばらくは短編を攻めてみたい。

実は、この小説、若い頃に一度読んだ記憶がある。「何ともあっけない話だな」と感じたことを憶えている。ただ、今読み直すと何かを感じるものがあるのではないか、という期待もあって選んだ。

今回も新潮文庫だ。日本文学はやっぱり新潮文庫でしょう。何となく。「くまざわ書店エスパル仙台店」にて購入。先の『羅生門』の回に出てきたブルーハーツの後継=クロマニヨンズの仙台でのライブを観に行った帰り道に買ったのだ。

読み直したが、今回もやっぱりあっけなかった。『羅生門』よりも、何も起こらない。

主人公は山手線に跳ね飛ばされて怪我をした。致命傷=脊椎カリエスになる可能性もなくはなかった。保養のために城崎温泉に来た。そこでハチとネズミとイモリの死を見た。それらの死と自らの命を重ね合わせる主人公。結局、温泉からは三週間で帰った。致命傷にはならなかった――。

本当にあっけない――のだが、歳のせいか、ちょっと何かあるぞ、これは、とも思ったのである。

主人公が見た動物の死のありようをまとめると、

・ハチ:死んでも「他の蜂は一向に冷淡だった」。

・ネズミ:首に串が刺さったまま、人々に川に投げ込まれ、さらに石を投げ付けられて死ぬ。

・イモリ:主人公の投げた石が原因で死ぬ。

物語のテーマは、致命傷にならずに助かったという主人公の喜びではなく、主人公の生と動物たちの死の対比にある。

具体的にいえば「今回はたまたま助かったが、自分の命も動物の命のように軽いものなんだ」という観念、さらには「命なんて、他人からしたら、何ほどのものでもないんだ」という諦念がテーマになっている。

小僧の神様を流し目で見つめる音楽の神様

■志賀直哉とユーミンと沢木耕太郎

さて、ユーミンには自死を扱った曲が多い。まずは有名な『ひこうき雲』(73年)だが、他にも『12階のこいびと』(78年)、『ツバメのように』(79年)、『コンパートメント』(80年)など。

この中で、『城の崎にて』の読後感に近い印象を与えるのは『ツバメのように』だろう。アルバム『OLIVE』に収録された1曲。

友人が飛び降り自殺をするのだが、「ハンカチをかけられた白い顔を」「誰かが言った あまり美人じゃないと」。「舗道に散った汚点を」「名も知らぬ掃除夫が洗っている」――つまり、まさに「命なんて、他人からしたら、何ほどのものでもないんだ」とあからさまに歌うのだ。

私も還暦近くになり、身体も弱ってきている。その反動で、いきいきとした生への渇望感が高まってもきている。

ただ、志賀直哉やユーミンから学ぶことは、「命なんて、他人からしたら、何ほどのものでもない」という生への諦念だろう。

渇望感を全面に出して、諦念を打ち消しながら、ギラギラ押し出して生きるなんてダサい。しかし諦念だけに支配されて、枯れて引きこもって生きるのなんてつまらない。

どうしたものかと思っていたら、こういう発言に出くわした。

――「自分に一生、楽しめることが、1個、見つかっていれば、さまざまなものを失っていくだろうけど、その1個だけ失わなければ、耐えられると思う。僕にとっては『読むこと』と『書くこと』が最後に残ったんだと思う。それがあれば、友人を失い、僕の肉体的な能力を少しずつ失っていっても支えられる」(テレ朝news/2023年8月30日

昨年の夏、テレビ朝日『報道ステーション』に出演した沢木耕太郎の発言だ。なるほど。天下の沢木耕太郎だが、言っていることは私にも、年齢的にすんなりと入ってくる。

『城の崎にて』は33歳のときに発表した作品だった。その後、志賀直哉は、当時としてはなかなかの長寿で、1971年、88歳まで生きた。おそらく沢木耕太郎と同じような心持ちだったのだろう。

志賀直哉逝去の翌年にデビューしたのが、荒井由実という名の18歳の少女だった。

[ライタープロフィール]

スージー鈴木(すーじーすずき)

音楽評論家、小説家、ラジオDJ。1966年11月26日、大阪府東大阪市生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。音楽評論家として、昭和歌謡から最新ヒット曲までを「プロ・リスナー」的に評論。著書・ウェブ等連載・テレビ・ラジオレギュラー出演多数。

著書…『サブカルサラリーマンになろう』(東京ニュース通信社)、『〈きゅんメロ〉の法則 日本人が好きすぎる、あのコード進行に乗せて』(リットーミュージック)、『弱い者らが夕暮れて、さらに弱い者たたきよる』(ブックマン社)、『中森明菜の音楽1982-1991』(辰巳出版)、『幸福な退職 「その日」に向けた気持ちいい仕事術』『サザンオールスターズ 1978-1985』『桑田佳祐論』(いずれも新潮新書)、『EPICソニーとその時代』(集英社新書)、『EPICソニーとその時代』(集英社新書)、『平成Jポップと令和歌謡』『80年代音楽解体新書』『1979年の歌謡曲』(いずれも彩流社)、『恋するラジオ』『チェッカーズの音楽とその時代』(いずれもブックマン社)、『ザ・カセットテープ・ミュージックの本』(マキタスポーツとの共著、リットーミュージック)、『イントロの法則80’s』(文藝春秋)、『カセットテープ少年時代』(KADOKAWA)、『1984年の歌謡曲』(イースト新書)など多数。

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