第18回 梶井基次郎『檸檬』が沢田研二によく似合う理由
スージー鈴木
- メガネスーパーのCM
今回のテーマ、梶井基次郎の有名な短編小説『檸檬』(れもん)と、沢田研二には関係がある。
『檸檬』の舞台となった丸善の京都支店が当時、三条通麩屋町(ふやちょう)にあり、沢田研二が育った地とほど近いということもあるが、それ以上に、何と彼は、『檸檬』を映像化したCMに出演していたのだ。
スポンサーはメガネスーパー。バックには沢田研二の『”B”サイドガール』(86年)が流れている。メガネをかけた沢田研二が、小説の内容通り、本屋で、本の上に檸檬を置く。沢田研二本人によるナレーションは「メガネかけると、よう見える」と京都ムードで迫ってくる。
当時見て、いいCMだと思っていたものだが、それから彼の音楽を長く聴き続け、さらには今年『沢田研二の音楽を聴く 1980-1985』(日刊現代)なんて本を出したりした身として、ネットに落ちていたCM動画をあらためて見ると、原作『檸檬』の主人公と沢田研二本人が重なってくるのだ。
小説自体は、何ということのない作品である。いや、作品性を否定しているのではない。ただ「何ということのない」内容から、解釈を広げる必要がある作品だと言っている。
肺を病んだ主人公が、悶々としながら、京都の街なかを歩き回っている。そして、八百屋で1個(1玉)の檸檬を手に入れ、丸善の店内に入り、画集を何冊も積み上げ、その上に檸檬を置く――ただそれだけ。しかし、注意深く読みたいのは、最後に主人公が、この一連の謎の行動をした心中を語るところだ。
――丸善の棚へ黄金色に輝く恐ろしい爆弾を仕掛けて来た奇怪な悪漢が私で、もう十分後にはあの丸善が美術の棚を中心として大爆発をするのだったらどんなにおもしろいだろう。

檸檬がよく似合う昭和の沢田研二
- 「自己」と「他己」
ここで突然話を変えると、会社員生活の晩年「自己成長」「自己実現」「自己肯定感」などの単語が、人材育成の文脈で語られるのに違和感を持っていた。
「仕事は、他人にやらされるものではない、自分を成長させ、実現し、肯定するためにやるものだ」――ほんまかいな。
現代の「人材マネジメント」界隈のトレンドが「成長」だというのを知っているが、それ、自分ではなく他人、つまり会社から、強制的に仕事させられることを、カムフラージュする方便なんじゃないか。
ここでまた突然話を変えると、沢田研二という人を長く見ていて、ずっと感じていたのは「自分がやりたいからやるんや」というよりも「他人(ファン、スタッフ、状況)が求めてくるから、やらないかん」という極めて「他己」的なモチベーションである。
「求められることを粛々と」と書くと、自己不在という感じで、ネガティブに聞こえるかも知れないが、いやいや、それでも音楽活動を、1967年のデビューから、足掛け58年間も続けられてきたということは、「他己」をなめちゃいけないのだ。
むしろ、ちょっとブレイクしたら、すぐに「自己」に収斂し、他人から逃避して、小っちゃな小っちゃな自己世界に閉じこもる若い音楽家が多過ぎると思う。「他己をなめんなよ、タコ」とでも言いたくなる。
- 「他己」的モチベーション
沢田研二の話を続けると、さすがに最近はともかくとして、とりわけ昭和の彼は、そんな「他己」的モチベーションが異常に強かったと思う。
不特定多数のファンを、沢田研二プロジェクトに絡んでいる多くのスタッフを、そして巨大戦艦の如くの渡辺プロダクションを背負うために「求められることを粛々と」。
やりたいことではなく、やらなあかんことをやるんや。
長くなったが、私が妄想するのは「沢田研二はどこかに檸檬を置いたのではないか」ということだ。
自らに迫ってくる「他己」の強烈な圧の中で一息つくように、本屋、いや、舞台やスタジオ、ロケ地のどこかに檸檬を置くという愉快犯的な小さな反抗で、1人悦に入っていたのではないか。「爆弾置いたった」と心の中でつぶやきながら。
そしてそんな姿を最大限まで拡大したのが、沢田研二演じる主役が原子爆弾を製造する映画『太陽を盗んだ男』(79年)だったのではないか。
沢田研二にとって檸檬が必要だったのだ。そして檸檬は原子爆弾だったのだ。梶井基次郎『檸檬』が沢田研二によく似合う理由。
[ライタープロフィール]
スージー鈴木(すーじーすずき)
音楽評論家、小説家、ラジオDJ。1966年11月26日、大阪府東大阪市生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。音楽評論家として、昭和歌謡から最新ヒット曲までを「プロ・リスナー」的に評論。著書・ウェブ等連載・テレビ・ラジオレギュラー出演多数。
著書…『日本ポップス史 1966-2023』(NHK出版)、『沢田研二の音楽を聴く1980-1985』(日刊現代)、『大人のブルーハーツ』(廣済堂出版)、『サブカルサラリーマンになろう』(東京ニュース通信社)、『〈きゅんメロ〉の法則 日本人が好きすぎる、あのコード進行に乗せて』(リットーミュージック)、『弱い者らが夕暮れて、さらに弱い者たたきよる』(ブックマン社)、『中森明菜の音楽1982-1991』(辰巳出版)、『幸福な退職 「その日」に向けた気持ちいい仕事術』『サザンオールスターズ 1978-1985』『桑田佳祐論』(いずれも新潮新書)、『EPICソニーとその時代』(集英社新書)、『EPICソニーとその時代』(集英社新書)、『平成Jポップと令和歌謡』『80年代音楽解体新書』『1979年の歌謡曲』(いずれも彩流社)、『恋するラジオ』『チェッカーズの音楽とその時代』(いずれもブックマン社)、『ザ・カセットテープ・ミュージックの本』(マキタスポーツとの共著、リットーミュージック)、『イントロの法則80’s』(文藝春秋)、『カセットテープ少年時代』(KADOKAWA)、『1984年の歌謡曲』(イースト新書)など多数。
