赤毛のアンのお茶会 第16回

2021年5月15日

第16回 アンはカスバート家の養子だったのか? 問題

南野モリコ

『赤毛のアン』のお茶会場面がきっかけで、欧米の喫茶文化、料理、女子カルチャーを広く浅く、手当たり次第につまみ食いしてきた筆者が、アンについて心赴くままに深読みしていくコラム、第16回です。新型コロナウイルスという森に迷い込み、同じ道をぐるぐる回って歩き疲れた皆さんに、このコラムが少しでも安らぎになりますように。

イラスト:夢野みよこ

「グリーン・ゲイブルスのアン」なのに「アン・シャーリー」なのはなぜ?

アニメ版『赤毛のアン』が原作に忠実に作られていることに改めて驚いている筆者モリコです。このコラムを読んでいるアンの腹心の友の皆さんも、アニメをご覧になった方は多いでしょう。

世界名作劇場シリーズの多くが親を亡くした子どもを主人公にしています。医学が発達しておらず、また戦争があった時代には、親を早く亡くし、孤児になる子どもが多かったからでしょう。その一方で、孤児という 設定は主人公を親の支配から自由にします。作品に親しむ子どもの自主性を育む狙いがあったことは間違いありません。

『赤毛のアン』、『あしながおじさん』などの少女文学を下敷きにしたと言われる漫画『キャンディ・キャンディ』のキャンディも孤児でしたよね。田舎の鼻たれ女子小学生だった筆者は、孤児の主人公に憧れたものです。親がいなくて一人で生きているって、なんて自由でカッコいいのかしら。冒険の旅に出るのも自由。いちいち親に許してもらう必要がないんだから、孤児はいいな、なんて。いやはや、思いっきり子どもらしい子どもでしたな。

閑話休題。アンがカスバート家に引き取られることが決まった時、「今日からお前はグリーン・ゲイブルズのアンだよ」とマシューは言います。ここで気になるのは、「グリーン・ゲイブルズのアン」になるだけで、アンの名前はアン・シャーリーのまま変わっていないということです。

カスバート家の養女になるとしたら、アンはシャーリー姓から変わり、アン・カスバートになるはず。アンは 養女ではなかったのです。アンはカスバート家とどのような関係になったのでしょうか?

アンの時代の孤児事情を調べてみると、孤児を引き取る形式には、養子縁組、養育委託、年季奉公など様々なかたちがあったようですが、孤児の権利が法的に守られるものではなく、養子縁組をしても名前が変わるとは限らなかったようです。

ブリュエット夫人のように、ただ働きをさせる目的で引き取る場合がほとんどだったのでしょうね。(山本史 郎訳『完全版「赤毛のアン」』原書房、1999年)

『アンの青春』で、アンとマリラは、デイヴィとドーラという双子を引き取りますが、ことあるごとに、「デイヴィ・キース!」と叫んでいるところを見ると、彼らもカスバート家の「子ども」となった訳ではなさそうです。

でも、『アンの夢の家』では、マリラは彼に農場を任せようとしており、『虹の谷のアン』では、グリーン・ゲイブルズのデイヴィおじさんとしてブライス家の子どもたちに愛されています。

アンに対しても「引き取る時に教育も受けさせると決めていた」と言っています。モンゴメリの描く「家族」と は、法律ではなく心で繋がった者同士なのかもしれません。ま、単なる深読みですけどね。

「お母さん」でも「おばさん」でもなく、「マリラ」と呼んだアン

アンをグリーン・ゲイブルズに迎えた時、マシューは60歳、マリラの年齢は続編から逆算すると55歳です。 子どもを引き取るというのはその子の人生まるごと引き受けることですから、その年齢で11歳のアンを引き 取るのは大変な決意です。アヴォンリー村のコミュニティーに根を下ろすことを考えても、お互いをどう呼び 合うかは、かなり重要な気がします。

漫画『キャンディ・キャンディ』では、孤児院の子どもが「引き取られる」ことは、養女になることでした。その家の家族となり、親と子になるのです。

キャンディが12歳になった時に、引き取り手が決まりますが、富豪ラガン家のお嬢様、イライザの「話し相手」としてであり、養女ではありませんでした。それを知ったキャンディは、「パパとママができるんじゃないのね」と、リンゴが落ちて足元にコロコロ転がるくらい失望しました。キャンディの波乱万丈ストーリーの幕開けの場面ですね。

しかし、アンにとって「引き取られる」ことは、住む家=ホームができることで、親ができることではありませんでした。アンは、マシューに会った時にこう言っています。「とうとう家に着くと思うと嬉しいわ。だって、私にはずっと本当の家というものがなかったんですもの」。日本と欧米の社会観の違いでしょうか。

「男の子と間違って」アンがグリーン・ゲイブルズに送られてきた理由もなんとなく飲み込めたマリラは、考えた末、アンを引き取ることに決めます。

アンは、マリラを「おばさん」と呼びたがります。「おばさんと呼べば本当の身内になったような気がするから」と懇願する姿に、いかにそれまで寂しく辛いことの連続だったのか、愛情に飢えたアンにいとしさがこみ上げる場面です。

しかし、マリラは「親戚でもないのにおばさんと呼ぶのは感心しない」と現実的なことを言って拒みます。 目の前にいる赤毛で風変わりな少女が、近い将来、自分にとってかけがえのない存在になろうとは、この時マリラは想像もしなかったでしょうが、そうでなくても、マリラはこの先アンにどんなことが待ち受けているか、 分かっていたと思うんです。そう、結婚です。

アンの名前が変わるのは『アンの夢の家』でギルバートと結婚し、アン・ブライスになる時です。『赤毛のアン』にはシリーズを通して2400人もの人物が登場しますが、アンにとって法的な家族はギルバートが初めてだったんです。こんなに人に囲まれているのに意外ですよね。

グリーン・ゲイブルズにやってきた時、アンは11歳。女の子であれば恋愛をして、結婚するまで、あっと言う間です。

マリラは孤児のアンに、間違った家族観を植え付けて、結婚の妨げにしたくなかったのではないでしょうか。マリラが、「今まで親戚が一人もいなかったから、マリラをおばさんと思いたい」アンの理想の中のおばさんにならなかったのは、アンの結婚という道を奪いたくなかったからではないかと筆者は深読みしました。

それにしても、ギルバートとの愛は結婚という法律で守られなければいけなかったのに、マリラとアンは、 生涯を通して家族の絆で結ばれていたなんて。男女の関係より、女同士の友情の方が深いのでしょうか。 おっと、また深読みしすぎてしまいました。

参考文献:モンゴメリ著、松本侑子訳『赤毛のアン』(文藝春秋、2019年)

[ライタープロフィール]

南野モリコ

『赤毛のアン』研究家。慶應義塾大学文学部卒業(通信課程)。映画配給会社、広報職を経て執筆活動に。
Twitter:モンゴメリ『赤毛のアン』が好き!

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