結婚、出産、転勤、転職、さらに離婚、再婚……。さまざまな人生の転機に、生き方や活躍の場を模索する人たちは多い。しかし、自身で新しくビジネスを立ち上げるのは、容易なことではない。近年、自らの夢を叶えるべく起業した女性たちを取材。明るく前向きに努力を続ける姿は、コロナ禍における希望の光でもある。彼女たちの生の声を聞き、その仕事ぶりや日常に迫る。
ペットとの思い出をいつまでも
MEMORIA
踊真紀子さん
取材・文 伊藤ひろみ
写真提供 MEMORIA
あなたは犬派?それとも猫派? 好みは違えども、ペットは大切な家族の一員、そう考える人がほとんどだろう。それほどに大きな意味を持っているのだとしたら、いつか必ず訪れる、彼らの「死」とどう向き合うのだろうか。
2000年5月、踊(おどり)真紀子さん(現在57)は自宅近くで迷い猫を見つけた。まだ生まれてまもない、やせっぽっちの子猫。見て見ぬふりはできず、連れて帰り、世話をし始めた。里親が見つかるまでの間と思い様子を見ていたところ、次第に情がうつり始めた。子どもがいない踊さんにとっては、わが子同然の大切な存在になっていく。ときにわがままで、マイペース、それでいて愛嬌たっぶり。毎日の暮らしの中で心なごむ時間を重ねていった。長年元気でいたが、2019年ごろから寝たきり状態に。必死で世話をし続けたが、2020年5月、とうとうそのときが来た。猫にしては長寿だったが、ともに暮らした20年の月日は重かった。

偶然の出会いから20年。大切な家族の一員となった愛猫ポンポン。
差し迫った問題は、愛猫をどう弔うかだった。まずは、ペット専用の葬儀社に相談した。通夜もできるし、葬儀も可能。火葬したあとの遺骨の処理なども、多くの選択肢が提示された。ペット専用の墓も作れる。依頼主の希望や懐事情に合わせて対応してくれることを知った。さらに、ひげや毛の一部を取っておきたいかどうかも尋ねられた。希望すれば、火葬前にそれらを残してくれるという。人間顔負けの、いたれりつくせりのサービスだった。
踊さんはこの時の自身の経験をもとに、大切な家族を亡くした人たちの気持ちに寄り添いたいと、2020年12月、ペットのメモリアルグッズを扱う会社、MEMORIAを立ち上げた。生前に撮影した写真、ひげや毛、遺骨など、残しておきたいものは人それぞれ。人間の死のしきたりに縛られることなく、ペットならではの愛らしい世界を提供したいと意気込む。

ペットの死をきっかけに起業女子となった踊真紀子さん。
東久留米市に生れた踊さんは、幼稚園から短大まで地元の学校で学んだあと、早稲田大学文学部に編入。卒業後、友人の父の紹介で、都内のカルチャーセンターで仕事を始めた。そんななか、盆栽の輸出をてがけている講師と出会う。短大時代、園芸を学んでいたこともあり、その世界に惹かれた。1990年、4年間勤めた仕事を辞め、フラワーアレンジメントを学びに、イギリスへ渡った。イギリスで1年暮らしたあと、今度はスイスへ。カルチャーセンターで接点のあった講師は、グラスリッツェン(ダイヤモンドでガラスを削ってアート作品にするスイスの伝統工芸)の専門家でもあり、スイス・チューリッヒ近郊で園芸関係の仕事もしていたからである。そこでひと月ほど彼女を手伝った。

イギリスでフラワーアレンジメントを習っていたころ。
帰国後、都内の大学の共同研究室で、教務助手補という仕事に就いた。業務内容は教員のサポート。この仕事を始めたのも、人づての紹介だった。勤めていた大学の若手研究者の中で気の合う人が現れ、1997年に結婚。契約期間を終えたタイミングで仕事を辞め、家庭に入った。2年後、夫の研究休暇に伴い、再びスイスで1年暮らした。
日本に戻ってしばらくしたころ、実母が脳梗塞で倒れた。幸い一命はとりとめたが、車いすが手放せない状態で、誰かの助けがないと何もできなくなった。踊さんに介護という役回りが巡ってきたのである。自分の母親とはいえ、実家にこもって、世話をし続けるのは大変なこと。「外に出たい! 解放されたい!」 そう思い、初めて自分で仕事を探した。折れそうになる心を奮い立たせ、週3回の仕事に向き合った。
そうこうしているうちに、今度は義父に問題が生じ、入院した。踊さんの病院通いが始まった。二人の介護と看護に追われ、仕事も一時中断せざるを得なくなった。家族として面倒をみることの限界もあり、やがて彼らはそれぞれ施設に入ることになった。義父は6年前に他界したが、実母は、現在90歳。今も介護施設で暮らしている。
遅かれ早かれ、誰もが向き合わなければならない死。人間であれ、ペットであれ、ともに暮らした時間の重さは、なくして初めて実感するものなのかもしれない。

MEMORIAオリジナルのメモリーグッズ。依頼者のリクエストに応じて制作、アレンジもする
人に請われて仕事をし、身近な人たちの世話をし続けてきた踊さんの人生。「もともとキャリア志向もなかった。ただ流れに身をまかせてきただけ」と語るように、何かを成し遂げたと胸を張って言えるものは、これまでになかったのかもしれない。しかしながら、コロナ禍の真っただ中で、自らのビジネスを始める決意をしたのである。「何もできなかったのは、人のせい。そう思うのは、嫌だった」とその理由を語る。
柔らかく落ち着いた口調で受け答えし、終始控えめな踊さん。個性的で主張の強い起業女子たちとは、一線を画す。多くを語らずとも、秘めたる決意と芯の強さは、確かに感じる炎だった。
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E-mail:1210memoria★gmail.com(★を@に変換してください)
[ライタープロフィール]
伊藤ひろみ
ライター・編集者。出版社での編集者勤務を経てフリーに。航空会社の機内誌、フリーペーパーなどに紀行文やエッセイを寄稿。2019年、『マルタ 地中海楽園ガイド』(彩流社刊)を上梓した。インタビュー取材も得意とし、幅広く執筆活動を行っている。立教大学大学院文学研究科修士課程修了。日本旅行作家協会会員。近刊に『釜山 今と昔を歩く旅』(新幹社)。