「起業」女子 〜コロナ禍でも前向きに生きる〜 第19回

結婚、出産、転勤、転職、さらに離婚、再婚……。さまざまな人生の転機に、生き方や活躍の場を模索する人たちは多い。しかし、自身で新しくビジネスを立ち上げるのは、容易なことではない。近年、自らの夢を叶えるべく起業した女性たちを取材。明るく前向きに努力を続ける姿は、コロナ禍における希望の光でもある。彼女たちの生の声を聞き、その仕事ぶりや日常に迫る。

長く愛される一着を。着る喜びは作る喜び
Moipa(モイラ) 代表
齋藤有友子さん

取材・文 伊藤ひろみ
写真提供 Moipa

 

秋も深まった9月末の午後、齋藤有友子(さいとうゆうこ)さん(32)が、待ち合わせ場所に駆け込で来た。主にビジネススーツを制作している起業女子との事前情報から、男性と伍して仕事をするような、どこかたくましい姿をイメージしていたが、それが見事に裏切られた。目の前に現れたのが、華奢でキュートな雰囲気の女子だったからである。自身で作ったというオリジナルスーツにネクタイ姿で登場。これが仕事着だと語った。

スーツは自身の手作り。商談などにおいての仕事着であり、勝負服でもある

 

齋藤さんが起業したのは、2017年4月、27歳のときだった。業務内容は、洋服の企画、製造、販売。Moipaはモイラと読み、ギリシャ神話に登場する糸を紡ぐ3人の女神の名前である。

埼玉県生まれで、両親は公務員。型にはめようとせず、幼いころから自由に好きなことやらせてくれた。そんな家庭環境からか、普通科ではなく、あえて服飾デザイン科がある高校へ進学した。「普通」とか「平凡」が嫌で、自分で何かクリエイティブなことをやりたかったからだという。

さらに、高校3年のとき、今につながる大きなきっかけをつかむこととなった。服飾コンテスト「高校生ファッションデザインアワード2008」で、自らデザイン、制作した作品が文部科学大臣賞を受賞したのである。応募総数3076点の中から選ばれただけに、大きな自信につながった。

服飾コンテストで文部科学大臣賞を受賞した作品。斬新なデザインのドレス

 

高校卒業後、美大へ進学し、繊維の開発などを学んだ。さらに服飾の専門学校に2年通い、知識と技術を磨いた。その後、大学時代からインターンシップで関わりのあったコレクションブランドの企画室に入り、デザイナーのサポート業務に携わった。当時、男女どちらのウェアも企画、デザインしていたが、次第にメンズに惹かれ始めた。レディースの特徴として、デザインのバリエーションは広いが、トレンドを追い過ぎやすい。次々に新しいものを生み出すことは刺激的ではあるが、長く大切に着てもらいたいという齋藤さんが目指すものとのギャップを感じるようになっていた。

そんな思いもあったから、オーダースーツを請け負う会社に転職。その傍ら、メンズ専門のテーラー教室にも通い、スーツ制作のノウハウを身に着けた。そこで3年ほど働いたあと、満を持して起業にこぎつけた。

生地屋さんとの打ち合わせをする齋藤さん

 

Moipaは男性向けのビジネススーツ制作が主軸である。まずは、お客様と会い、いつどこに着るためのものかなど、詳しくヒアリング。生地やボタン、裏地など必要なものを選び、予算も確認しながら、提案内容を検討する。それらがクリアになった段階で採寸へ。できあがりをイメージしながら、齋藤さん自らが型紙をひく。それをもとに工場に縫製を依頼。あがってきた製品をチェックし、必要に応じて、調整し、納品する。縫い始めてから、完成まで1カ月ほど要するという。手間と時間がかかるが、「きめ細やかに、丁寧に向き合いたい。お客様とともに作り上げる感覚を大切にしたい」というのが齋藤さんのこだわり。「メンズの世界は、華やかではないが、奥が深く、やったことがきちんと積み上がっていく。そこに惹かれるんです」

生地選びから採寸まで、すべてひとりでこなす。顧客の9割は男性

 

服作りにおいては自信があったが、営業活動はまったくの素人。男性客にどう切り込むのか悩ましかった。起業前には、商工会議所に所属してアドバイスをもらったり、ネットワークを広げたりした。事務所は、友人のオフィスを間借りする形でスタートした。

自身のビジネスを始めてしばらくしたころ、コロナが猛威を振るい始めた。リモートワークが増え、スーツ需要が激減してしまう。ゴルフをする人の中から、ゴルフグッズを作ってほしいとの依頼が入り始めた。廃材を利用して、クラブカバーやシューズケースなどを制作し、販売するようになった。コロナ禍でマスク不足に陥った際、オリジナルマスクも縫った。

コロナ禍で始めたゴルフグッズの制作・販売。すべてMoipaオリジナル商品

 

年齢からか、女性という立場からか、以前はお客様に提案しても聞き入れてもらえないことが少なくなかったそうだ。ビジネス経験が乏しいと足元を見られ、M&Aの標的にされたこともあったと苦笑いする。「女性だということを武器にせず、真摯に相手に向き合うこと。一緒に作っているという感覚を持ってもらうこと」がカギだと語る。さまざまな男性客を相手に、彼らを動かしたり、かわしたりしながら、日々実践トレーニングを積んできた。起業から5年。やっと自分らしく仕事ができるようになってきたところだという。

好きを追い続けられるのは幸せなこと。だが、険しい道でもある。

女性ならではの目線や感性を生かし、アドバイスする

 

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[ライタープロフィール]

伊藤ひろみ

ライター・編集者。出版社での編集者勤務を経てフリーに。航空会社の機内誌、フリーペーパーなどに紀行文やエッセイを寄稿。2019年、『マルタ 地中海楽園ガイド』(彩流社刊)を上梓した。インタビュー取材も得意とし、幅広く執筆活動を行っている。立教大学大学院文学研究科修士課程修了。日本旅行作家協会会員。近刊に『釜山 今と昔を歩く旅』(新幹社)。

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