取材・撮影 伊藤ひろみ
結婚、出産、転勤、転職、さらに離婚、再婚……。さまざまな人生の転機に、生き方や活躍の場を模索する人たちは多い。しかし、自身で新しくビジネスを立ち上げるのは、容易なことではない。近年、自らの夢を叶えるべく起業した女性たちを取材。明るく前向きに努力を続ける姿は、コロナ禍における希望の光でもある。彼女たちの生の声を聞き、その仕事ぶりや日常に迫る。
シニアパワーで新ビジネスを興す
株式会社 はらだ葬祭
葬祭プランナー、終活カウンセラー、遺品整理士 原田知榮子さん
起業家としてデビューするのは、何も若い世代だけではない。原田知榮子さん(63)は、60歳を目前にして新しいチャレンジをした女性起業家。しかも、前職とはまったく異なる業界に飛び込んだ。
20歳で結婚。二人の子どもの母となり、家事や育児に追われる毎日が続く。38歳のときに離婚し、働かざるを得なくなった。近所のスーパーのレジ係に応募し、パートタイマーとして採用された。結婚後は専業主婦だっただけに特別な技術も資格もなく、ほかに選択肢はなかったという。求められる場所で、できるところから始めてみる、それが最初の大きな一歩となった。
レジ担当というのは、来店する顧客ひとりひとりに向き合い、勘定を受け持つという気のつかう仕事である。そこで20年。パートからスタートして、レジ係を統括するチェッカーマネージャーという役職にまでのぼりつめた。管理職として多くの部下を抱え、彼らを束ねる重責を担うまでになった。その間、縁あって再婚もした。
ところが、定年まであと2年というタイミングで、それまでのキャリアをあっさり捨てた。夫が退職したのを機に、心機一転をはかる。これから何がしたいのか、何ができるか、あれこれ悩んだ末、出した答えは、新しいビジネスを始めること。退職前まで夫が葬儀社に勤めていたこともあり、自分たちで小さな葬儀社を興すことを決めた。自宅近くのビルの1階を事務所として借り始め、はらだ葬祭が誕生した。2016年の12月のことだった。

葬儀、介護、相続、遺品整理など、終活に関する相談に 幅広く対応する原田さん。
前職の経験から、接客には自信があった。だが、今度は畑違いの仕事。扱う商品やサービス、値段はもちろん、必要とする人たちもまったく異なる。葬儀社は遺族などの意向を組みつつ、短時間に多くのことを決め、すべてをスムーズに進めなければならない。原田さんの言葉を借りるならば、「神経のつかい方が違う」。オーナーとして自身ですべて采配できるが、「その分、責任の重さもずっしりと感じる」という。
大手の葬儀社や古くから地元で葬儀を執り行っている会社もあるなか、まずは認知してもらうための活動を開始。パンフレットなどをポスティングしたり、新聞の折り込みにチラシを配布したりするほか、起業のための勉強会に参加したり、町内会の婦人部にメンバーとして加えてもらったりと、人脈を広げる努力を重ねた。その一方、終活カウンセラーや遺品整理士の資格を取得するなど、自らのビジネスに必要だと思うことを貪欲にチャレンジした。

終活カウンセラーや遺品整理士の資格も取得。 事務所内に掲示されている認定証。
そんななか、地道な宣伝活動に反応してくれる人が現れた。自分の最期について思案している高齢者だった。はらだ葬祭としての顧客第1号。親身になって相談にのることで、何が求められているか、何をすべきかについて、改めて知るきっかけになった。
こうした経験から、単に葬儀というセレモニーを行うだけでなく、自身の死と向き合ったり、家族の死を受け入れたりする指南役も務めている。そのひとつが「終活サロン」。お墓や老人ホームについてなど、終活カウンセラーとして原田さん自らが相談にのる。また、介護、相続、遺品整理など、身の回りの問題を持ち寄って参加者同士が情報交換できる「やすらぎサロン」もスタートした。セラピストも同席し、アロマの香りとともにリラックスする場を提供している。(新型コロナウイルス感染状況などを見極めつつ随時開催。詳細については直接お問合せください)

終活関連のみならす、気軽に集える場も提供している。 写真は2019年6月に開催した「お茶とトークを楽しむ会」 (写真提供、原田知榮子氏)
人の死に向き合うことは、いつ、何がおこるか予測がつかない世界。葬儀社は24時間365日対応するのが当たり前の仕事である。夜中に電話が鳴り、どきっとすることもしょっちゅうだとか。夫と二人できりもりしているため、起業後は二人で旅行するどころか、いっしょに休みも取れない時間が続いている。小さな葬儀社として、「親身になって相談にのること、お客様の意向に沿うよう可能な限り努力すること」がモットー。最初の相談からセレモニーの終了までトータルに関わり責任を持つことで、安心と信頼につなげてきた。

ビルの1階に事務所を構え、夫との二人三脚で24時間対応している。地域に根差した葬儀社になるべく奮闘中。
「ビジネスのスタート時は、我慢が必要。そこをふんばれるかどうか」だと語る原田さん。家族のありよう、セレモニーの形なども急速に変わりつつある時代である。終活という言葉も定着し、自分で自分の死の準備をするという意識も高まっている。そんな彼らにどう向き合うか。創業5年目を迎え、原田さんの新たな挑戦は続いている。
これから起業する人たちへのアドバイスはと問うと、こんな答えが返ってきた。
「やると決めたら、とことんやりぬくこと! くじけそうになっても、踏ん張り続けること!」
原田さんの意志の強さと覚悟をみた気がした。
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[ライタープロフィール]
伊藤ひろみ
ライター・編集者。出版社での編集者勤務を経てフリーに。航空会社の機内誌、フリーペーパーなどに紀行文やエッセイを寄稿。2019年、『マルタ 地中海楽園ガイド』(彩流社刊)を上梓した。インタビュー取材も得意とし、幅広く執筆活動を行っている。立教大学大学院文学研究科修士課程修了。日本旅行作家協会会員。