「起業」女子 〜コロナ禍でも前向きに生きる〜 第6回

取材・撮影 伊藤ひろみ

結婚、出産、転勤、転職、さらに離婚、再婚……。さまざまな人生の転機に、生き方や活躍の場を模索する人たちは多い。しかし、自身で新しくビジネスを立ち上げるのは、容易なことではない。近年、自らの夢を叶えるべく起業した女性たちを取材。明るく前向きに努力を続ける姿は、コロナ禍における希望の光でもある。彼女たちの生の声を聞き、その仕事ぶりや日常に迫る。

 

「あんフラワー」との運命的な出会いからビジネスへ
華水月(はなみずき)
代表 金森麻希湖さん

 

自分の「好き」をビジネスにしたい、そう考える人は少なくないだろう。しかし、本当にそれを実現できる人は、ごく限られた人でしかない。金森麻希湖さん(56)は、それを成し遂げた「起業」女子のひとり。しかも、驚くようなスピードで。勝負をかけたのは、あんフラワーケーキという新しいタイプのスイーツ。その販売や指導を行う新規ビジネスへつなげた。

あんフラワーケーキは、スポンジケーキの上に、白あんをベースにしたクリームで色とりどりの花を飾って作り上げる。和と洋の絶妙なコラボレーションにより誕生した、繊細でキュートなお菓子である。

 

豪華なホールケーキはプレゼントにもぴったり。(10日前までに要予約)

 

金森さんがあんフラワーケーキと出会ったのは、2018年秋のこと。長年調理師として、イタリア料理店や日本料理店などで腕をふるい、キャリアを積んできた。しかし、当時働いていた店が閉店してしまう。働く場所を求めていたころ、友人のひとりがあんフラワーのレッスンに誘ってくれた。そのころ、ケーキにはあまり興味がなかった金森さんだったが、気分転換のつもりで参加してみることにした。それが彼女の人生を大きく変えることになろうとは、夢にも思わなかった。

 

あんクリームを丁寧に慎重に絞り、花の形に仕上げていく。厨房に立つ金森さん。

 

あんを使って洋菓子風にスイーツが作れるなんて驚いた。あんはあくまでも和菓子のための材料だと思っていただけに、まさに目から鱗。カラフルに自在にアレンジできるだけでなく、その芸術性にもすっかり魅せられる。その後もレッスンに通い続け、技術に磨きをかけた。

さらに、彼女の「もっと」が広がっていく。多くの人にあんフラワーケーキの魅力を伝えたい。そう思い始めたら、進むべき道が見えてきた。だが、越えなければならないハードルは山ほどある。あんフラワーケーキの専門店も誕生していないどころか、その名前さえ知らない人が多い。だからこそ、今がチャンス。「私がビジネスにする!」

 

(左)カップケーキ各650円 (右)水ようかん450円、フルーツかん各550円
カラフルでキュートな花がポイント。

 

JSAあんフラワーあんクラフトマスターの講座を修了し、あんクラフト認定講師の資格も取得。2019年春からは、少しずつ自宅で教えるようになった。さらに、起業に向けてノウハウを学んだり、人脈を広げたり、店舗さがしも始まった。だが、扱う商品の認知度が低いばかりか、初めて独り立ちする金森さんへの信用も得られず、断られてばかり。熱い思いとはうらはらに、現実の壁が立ちはだかる。

そんな折、駒込駅近くの店舗が空いたと友人のひとりから連絡が入る。ここなら、と思える魅力的な物件だった。友人の助けを借り、なんとか契約に結び付けたのが、2019年の暮れ。開店準備に向け、忙しい年末年始となった。

華水月(はなみずき)がオープンしたのは2020年2月21日。花の名前を店名に選び、好きな漢字をあてた。あんフラワーケーキとの出会いからわずか1年半。その様子をそばで見ていた夫が、「情熱で店を出せるんだね」と舌を巻いたという。

 

JR駒込駅近くにある華水月の店舗。仕込んだ商品は当日中に売り切る。

 

安全でヘルシーなものを提供することがモットー。そのこだわりは、素材にも及ぶ。フラワーケーキと言えば、小麦粉、バター、生クリーム、チョコレートなどを入れて作るのが一般的だが、華水月ではそれらを一切使用しない。天然色素で色付けし、あんの糖分も控えめ。また、ケーキの土台のスポンジは、グルテンフリーのシフォンケーキを手作りしている。

朝早くから仕込みを開始し、その日のうちに売り切る。残ったものはすべて破棄するという徹底ぶり。購入したお客様からのこんな指摘があったと言う。「翌日食べたら、少し硬くなっていた」と。金森さんの言葉を借りるなら、それは当たり前のこと。素材や工法にこだわり、その日のうちに食べてもらうものとして提供しているからだ。時間がたっても変わらない商品とは、そこに何か不自然なものが加わっているのである。

火曜・水曜を中心に、店舗内でレッスンも行っている。単発講習のほか、本格的にあんフラワーケーキ作りを学ぶコースレッスンも実施。金森さん同様、あんフラワーに魅せられ、その技術を学びに来る生徒も少しずつ増えている。準備したあんをしぼり袋に入れて、一枚一枚花びらの形に絞り重ねながら、イメージする形に作っていく。手先の器用さが求められる細かい作業のうえ、集中力も必要だ。何より時間がかかる。大量生産できない、日持ちもしない。「好きでないとできない世界ですね」と笑顔で語る。

 

レッスン風景。受講生の手元をチェックしながら丁寧に指導する。細かい作業のため、対面でのレッスンが基本。

 

店舗オープン後、コロナウイルス感染拡大で、まともに営業できたのは1か月ほど。店舗内にはイートインのコーナーも設けたが、感染が落ち着くまでは、商品の店頭販売と全国配送、レッスンを中心に営業するという。

あんをベースにした新しいお菓子を広めたい、そんな熱い思いを胸に、猛スピードで走り続けてきた金森さん。扱う商品の知識や技術の習得はもちろんのこと、資金や人脈など必要とされるものは多岐にわたる。生半可な気持ちではできない、覚悟を持って始めること、と起業を目指す人へアドバイスする。

「好き」という素直な気持ちは、確かに大きな原動力。だが、それをビジネスつなげるための道のりは、たやすくはない。

 

 

 

[ライタープロフィール]

伊藤ひろみ

ライター・編集者。出版社での編集者勤務を経てフリーに。航空会社の機内誌、フリーペーパーなどに紀行文やエッセイを寄稿。2019年、『マルタ 地中海楽園ガイド』(彩流社刊)を上梓した。インタビュー取材も得意とし、幅広く執筆活動を行っている。立教大学大学院文学研究科修士課程修了。日本旅行作家協会会員。

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