「起業」女子 〜コロナ禍でも前向きに生きる〜 第15回

 結婚、出産、転勤、転職、さらに離婚、再婚……。さまざまな人生の転機に、生き方や活躍の場を模索する人たちは多い。しかし、自身で新しくビジネスを立ち上げるのは、容易なことではない。近年、自らの夢を叶えるべく起業した女性たちを取材。明るく前向きに努力を続ける姿は、コロナ禍における希望の光でもある。彼女たちの生の声を聞き、その仕事ぶりや日常に迫る。

 

地域密着型「栄養士の台所」をつくりたい!
D’s Kitchen
管理栄養士 上原好さん

 

取材・文 伊藤ひろみ
写真提供 D’s Kitchen

 2021年11月20日、荒川区ビジネスプランコンテスト2021の最終審査が行われた。選考に残った起業家たちが会場に集結し、ビジネスプランを発表。上原好(うえはらこのむ)さん(48)もそのひとりだった。彼女のキャッチフレーズは「食で心も体も豊かに! 持続可能な食育活動!」である。事業内容や起業の動機などはもちろん、今後のプラン、資金計画などが綿密に練られたプレゼン内容だった。それらが評価され、みごと奨励賞を勝ち取った。

 

荒川区ビジネスプランコンテストの最終審査会場。表彰状を手にした上原さん。

 

上原さんは管理栄養士。さらに、糖尿病療養指導士、病態栄養専門管理栄養士、日本栄養士会特定保健指導担当管理栄養士運営員などの肩書を持つ、食と健康のスペシャリストである。20年以上にわたり、栄養指導と食による健康課題解消の研究に従事してきた。その知識と経験を活かし、2017年4月、D‘s Kitchenを立ち上げた。

 

管理栄養士としての知識と経験を生かし、起業女子へと転身

 

 

大きな柱のひとつはクリニックへ通院する外来患者への栄養指導。現在、2か所で定期的に実施している。糖尿病、高血圧などの生活習慣病、肥満、アレルギー、子どもの離乳食など、患者の年齢も悩みも幅広い。投薬だけでは治療できないことが多く、彼らのやる気スイッチを押せるかどうか、生活習慣をいかに改善できるかがカギとなる。そのためには、じっくり彼らの話を聴くことから。初診の場合、約1時間かけてヒアリング。話しやすいような環境や雰囲気づくりにも気を配りながら、患者自身の気づきを促す。栄養指導というより、生活サポーターとして患者と向き合う。イメージするところは「下町のママさん」。庶民的で聴き上手、包容力のあるおかみさん的存在として、彼らの力になることを目指す。

 

クリニックで栄養指導を担当している。水野医院(左)と八潮駅つばめクリニック(右)の院長先生と。

 

幼いころから食べることが大好きだった。母や祖母がつくってくれた家庭の味が上原さんの原点。短大で栄養学を学び、栄養士の資格を取った。卒業後は、国立健康・栄養研究所の職員として勤めたあと、東京慈恵会医科大学区糖尿病代謝内分泌内科で臨床研究に携わった。また、フードサービス企業で、ヘルシーメニューの開発や栄養情報の整理なども担当した。この会社での13年の経験が今の自身の活動に大きく影響しているという。

 

コロナ禍でも食の楽しさを伝えたいと実施した食育イベント。子どもたちと一緒に味噌づくり(企業在職時)。

 

上原さんが、自身の会社を興したいと思うようになったのは、クリニックでの栄養指導がきっかけ。患者の中には農業を営んでいる人が多く、規格外で廃棄してしまう野菜や果物が少なくないことを知る。それらを上手に利用し、フードロスにつなげたい。消費者に食材情報を提供し、顔が見える形で食農連携を行いたい。これまでの知識と経験を活かし、新しいかたちの食ビジネスができるのではと考え始めたのである。Dietitian(栄養士)、Daily(日々)、Delicious(おいしい)の頭文字「D」をとり、D‘s Kitchenと命名した。

起業後しばらくは、会社勤めと並行していたこともあり、思うように自身のビジネスを広げるには至らなかった。だが、ビジネスコンテストに参加したことで、事業内容などが具体化でき、自信にもつながったという。今後は、臨床の場での栄養指導を続けながら、D‘s Kitchenとして本格始動を目指す。そのための拠点として、区内でキッチン付きの店舗兼オフィス物件を探し始めている。

 

地産野菜を中心に栄養バランスを考えたメニューを提案。D‘s Kitchenとして弁当や総菜の販売も行う

 

2022年からは、荒川区にある義肢装具サポートセンターの陸上クラブ「スタートライン東京」で、パラアスリートの食と健康をサポートする活動にも参加している。チームの練習時に補助ランナーとして伴走することも。学生時代に陸上部だったこともあり、一緒に走ることを楽しんでいる。

 

パラアスリートたちを支える活動も開始。彼らとともに汗を流す

 

「栄養士は食の大切さを伝えられる専門職。いい職業だと思う」と上原さん。さらに、「栄養士の台所をつくりたい」と目を輝かせる。ともに学んだり、料理をしたりと、地域の人たちの食と健康を支える場づくりへ。スペシャリスト兼起業女子。その新しい歩みが始まっている。

 

D’s Kitchen
https://konomu-uehara.wixsite.com/website
E-mail:konomu-uehara★outlook.com (★を@に変換してください)
水野医院(東京) http://mizuno-iin.com/
八潮駅つばめクリニック(埼玉) http://ystsubame.com/

 

 

[ライタープロフィール]

伊藤ひろみ

ライター・編集者。出版社での編集者勤務を経てフリーに。航空会社の機内誌、フリーペーパーなどに紀行文やエッセイを寄稿。2019年、『マルタ 地中海楽園ガイド』(彩流社刊)を上梓した。インタビュー取材も得意とし、幅広く執筆活動を行っている。立教大学大学院文学研究科修士課程修了。日本旅行作家協会会員。近刊に『釜山 今と昔を歩く旅』(新幹社)。

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