結婚、出産、転勤、転職、さらに離婚、再婚……。さまざまな人生の転機に、生き方や活躍の場を模索する人たちは多い。しかし、自身で新しくビジネスを立ち上げるのは、容易なことではない。近年、自らの夢を叶えるべく起業した女性たちを取材。明るく前向きに努力を続ける姿は、コロナ禍における希望の光でもある。彼女たちの生の声を聞き、その仕事ぶりや日常に迫る。
アクティブシニアの強い味方。「おいしい漢方茶」でイキイキ!
吉江八正堂店長、漢方臨床指導士、ハーブティーマスター
吉江順子さん
取材・文 伊藤ひろみ
写真提供 吉江八正堂
吉江順子さん(67)が吉江八正堂(よしえはっしょうどう)を立ち上げたのは、2019年8月のこと。64歳のときだった。勝負に出たのは漢方茶。漢方の生薬とハーブを飲みやすくブレンドしたお茶を製造し、ネットで販売するというビジネスである。長い道のりを経て、やっと見つけた自分の世界だった。

60代で華麗なる「起業」女子へ。漢方茶のネットビジネスを行う吉江さん。
12年前、夫が狭心症で倒れた。幸い発見が早く、一命をとりとめたが、術後の様子が芳しくない。8種類もの薬を処方され、薬づけの日々。仕事も休みがちになった。そこで当時通院していた近所の鍼灸師に相談したところ、ひとりの漢方医を紹介された。知る人ぞ知る名医らしい。だが、自由診療のため費用は高額。そう聞いて一瞬ひるんだが、迷っている場合ではない。夫を助けなければ! 藁にもすがる気持ちだった。
数十万円を握りしめ、夫を連れてその医師のもとへ。内科医の診察を受けたあと、奥のあやしげな部屋へと通された。待っていたのは中国人の漢方医。美しい女性だった。40代だと聞いていたが、髪も肌もつやつやで、どう見ても20代の雰囲気。何よりそのオーラが半端ない。検査結果などをもとに、彼女の診断が始まる。どうやら服用していた薬が強すぎるらしい。種類も量も減らすようにと指示された。夫のみならず、吉江さん自身も体調がすぐれない状態が続いていたため、診断を仰いだ。夫と二人、それぞれ40日分の漢方薬を処方された。約1時間のカウンセリングと薬代、しめて12万円だった。
その日以来、それぞれに処方された漢方薬を1日3回服用し始める。すると、次第に変化が現れた。夫はみるみる元気に、吉江さんは体が軽くなり、気持ちも明るく、前向きに。その後も通院しながら、漢方薬頼みの日々が続く。3か月後、再びその漢方医を訪ねた。「二人とも、よくなったね」という彼女の言葉に、ほっと胸をなでおろした。

漢方薬の生薬。右上より時計回りに、たんぽぽ葉、クコの実、黒クコの実、松の実、バラつぼみ、バタフライピー花、キンモクセイ、中央・ハトムギ、凍頂烏龍茶。これらをブレンドし、漢方茶として販売している。
そこで吉江さんがとった行動は、漢方の専門学校で学ぶことだった。2013年、薬日本堂漢方スクールに入学。初級、中級、上級とステップアップし、漢方臨床指導士、さらにハーブティーマスターの資格も取得する。途中、骨折で中断を余儀なくされたが、約6年かけて学び続けた。世代を超えて多くの人が学んでいることも刺激的だったが、何より漢方の奥深さにのめりこんだ。こんなに役に立つ漢方を自身のビジネスにできないかと思うようになったのも、そのころのことである。
現在漢方薬を販売できるのは薬剤師だけ。さらに、まずい生薬を飲み続けるのは大変である。漢方の力を借りながら、お茶にして販売するのであれば、ビジネスとして参入できるのではないかと考え始めた。しかし、ことはそう簡単ではない。生薬の効能を活かし、体質や症状にあったものにすること。毎日飲めるお茶として製品化すること。さらに、それをビジネスにするためには、費用対効果も考えなければならなかった。夫にも協力を仰ぎつつ、試行錯誤が続く。4か月後、なんとか6種類のオリジナル漢方茶ができあがった。「おいしい漢方茶」という商標も取得。この6種をベースに、必要に応じて、症状や悩みにあったオリジナル漢方茶も作っている。

「おいしい漢方茶」左・抗老青花茶 右・補気生薬茶
吉江さんは24歳のとき、卵巣腫瘍を患い、全摘切除を余儀なくされ、それ以来体調不良に悩まされてきた。大学卒業後から勤めていたホテルの仕事も体調悪化により退職。そして身体への負担が少なく、自分のペースでできる派遣社員の道を選んだ。数年後、タイピスト学校でワープロを学び、日本初のワードプロセッサ、東芝JW1のオペレーターになった。1982年のことだった。
時代がワープロからパソコンへシフトした後も、パソコンオペレーターとして、多くの企業に派遣された。24歳のときに覚悟した自活の道とはいえ、たくさんの人に助けられたからこそ進んで来られたと語る。
そんな折、派遣先でひとりの男性を紹介された。親しくなったあと、思い切って、彼に体のこと、これまでのことをぶつけてみた。彼の答えは明確だった。「そんなことは大したことじゃない」と。その答えに大きく心が動いた。32歳のとき、彼と結婚した。
2年後、夫の海外赴任に伴い、4年ほどアメリカで暮らした。帰国後、義母、義父、義妹とたてつづけに具合が悪くなり、看病や介護中心の生活へ突入。夫と交代で、夫の実家がある富山に通った。彼らが他界したり、施設に入所したりし、やっと一段落した矢先、今度は夫が入院したのである。

このパッケージで(ティーパックにして)販売。10包入り1,750円(税込)送料別
漢方薬のおかげで、今は夫も吉江さん自身も元気を取り戻し、二人三脚でビジネスに取り組んでいる。商品撮影やホームページ制作などは夫が協力。販売価格を決める際、シビアに原価計算してもらったことも大きな力になった。
対面、電話、メール、SNSなどさまざまなツールで相談に応じている。漢方茶はすべて手作り。自宅兼事務所の木更津で、それをティーバックにして包装し、依頼主に発送するという一連の作業は吉江さんひとりでこなす。手間はかかるが、大好きな仕事に向き合える幸せな時間だという。

依頼があれば漢方の講習会も実施。漢方薬のよさを広く伝える活動も続けている。
吉江さんの尊敬する人物は宮本武蔵。「一道は万芸に通ず」という彼の言葉を胸に、自分にとっての一道とは何かを模索し続けてきた。心身ともに、悩み、苦しみ、もがき続けた長い長い時間。遅まきながらアラ還になって、やっと道の入り口にたどりついたのかもしれない。「楽しい年寄りになりたい」と吉江さん。シニア世代の希望の星は、渋いながらも、きらり輝いていた。
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[ライタープロフィール]
伊藤ひろみ
ライター・編集者。出版社での編集者勤務を経てフリーに。航空会社の機内誌、フリーペーパーなどに紀行文やエッセイを寄稿。2019年、『マルタ 地中海楽園ガイド』(彩流社刊)を上梓した。インタビュー取材も得意とし、幅広く執筆活動を行っている。立教大学大学院文学研究科修士課程修了。日本旅行作家協会会員。近刊に『釜山 今と昔を歩く旅』(新幹社)。