「起業」女子 〜コロナ禍でも前向きに生きる〜 第24回

結婚、出産、転勤、転職、さらに離婚、再婚……。さまざまな人生の転機に、生き方や活躍の場を模索する人たちは多い。しかし、自身で新しくビジネスを立ち上げるのは、容易なことではない。近年、自らの夢を叶えるべく起業した女性たちを取材。明るく前向きに努力を続ける姿は、コロナ禍における希望の光でもある。彼女たちの生の声を聞き、その仕事ぶりや日常に迫る。

フラメンコでもっと輝く人生に!
カルチャースペースμ(ミュー)代表・フラメンコ教室FERIA主宰
甲斐みよこ さん

取材・文 伊藤ひろみ
写真提供 カルチャースペースμ

 

フラメンコファンが多い日本。フラメンコを習っている人は、本場スペインに次ぐ多さだという。プロのバイレ(踊り手)から、趣味として楽しむ人まで幅広く愛されている舞踊だといえるだろう。

甲斐みよこさん(57)もまたフラメンコに魅せられたひとり。東京・東十条駅前にあるカルチャースペースμで、フラメンコ教室FERIAを開いている。指導者として活躍する一方、フリースペースを運営する起業家としても手腕を振るう。

人生を変えたフラメンコとの出会い。起業家への道にもつながった。

 

甲斐さんは大学で法学を専攻し、第二外国語としてスペイン語を学んだ。当時は特に、スペインやラテンアメリカ諸国に興味があったわけではなく、授業のひとつとして選んだ言語だった。基本文法などをひと通り学習したが、会話力を鍛えたいと、大学3年の春休みにマドリッドへ短期留学した。

大学卒業後の1988年、不動産会社に就職した。宅地建物取引主任者の資格も取得し、専門の法律の知識が生かせると思ったからである。しかし、入社してみてがっかり。男女雇用機会均等法が成立して間もない時期だったが、まだ女性が活躍するには程遠い状況。男性中心の不動産業界において、女性は戦力として認められていなかった。

そんな折、たまたま通勤途中にフラメンコ教室の看板を目にし、レッスンに通い始めた。仕事で発散できない何かを抱えていたからなのか、もともと踊ることが好きな心に火がついたからなのか、フラメンコにのめり込んだ。「楽しい! もっと踊れるようになりたい! 本場で習いたい!」 そんな思いを募らせ、仕事を続けながら、ひとりで着々と準備を進めた。

1989年10月、会社を辞め、単身スペインへ渡る。最初の3か月はサラマンカ大学でスペイン語に磨きをかけた。その後セビージャ大学に移り、平日の午前中はフラメンコのレッスン、午後はスペイン語を学んだ。自分の好きなことにまっすぐに向き合い、夢中で過ごした1年弱だった。

スペインに渡り、フラメンコ漬けの日々を過ごしていたころ

 

帰国後、スペイン語を生かせる仕事をしたいと就職活動を開始した。南米専門の旅行会社、スペイン人アーティストの通訳アルバイトなどを経て、ベネズエラの国営公団の東京駐在事務所で秘書の仕事に就いた。仕事が落ち着いたのを期に、フラメンコを再開。練習を重ねながら、どんどんレベルアップしていった。その実力が認められ、舞踊団メンバーとして活動しないかと誘われた。さらに前へ進む大きなチャンスではないか。そうとらえていた矢先、体に変化が現れた。妊娠していたのである。「やりたい、続けたい! でも……」 結局、仕事から離れ、フラメンコレッスンも辞める決断を下す。「子どもは欲しかったけど、なんでこのタイミングで?と、口惜しい気持ちでいっぱいでした」

舞台に立つ甲斐さん。フラメンコモードで迫力満点

 

1995年から2年おきに出産し、3人の子どもの母となった。家事や育児に追われる日々が続く。子育てしながらも、なんとかフラメンコとの接点を持ちたいという思いから、身近な人たちを集め、区民館でフラメンコサークルを立ち上げた。そのレッスン料で、再びフラメンコ教室へ通い始める。閉じ込めていた熱い思いに、また火がついた。フラメンコから離れて8年近くの月日がたっていた。

ちょうどそのころ、非営利団体の子どもの支援活動にも加わった。また、その団体の活動拠点のひとつである現在のカルチャースペースμでフラメンコ教室を開催し、東京都北区の子育て中の女性たちに教えるようになった。当初は、自身のフラメンコ教室のほか、子ども対象のタップダンス、ヒップホップ、リトミックなどを指導する講師たちでシェアし、共同運営していた。2008年、その団体が法人化するタイミングで、レンタルスペースとして甲斐さんが引き受けることになり、それを機に独立起業した。

フラメンコ教室の様子。カルチャースペースμにて

 

開業当初は北区の公的支援を受けたり、友人知人の手を借りたりしながら、約20畳のスペースの形を整えていった。フラメンコは釘を打ったシューズで踊るため、特殊な床材を用い、衝撃を吸収しなければならない。全床面をリノリウムに整え、壁面にミラーを設置。更衣室は託児ルームや子どものプレイスペースとしても使えるよう配慮した。

しかし、2020年4月の緊急事態宣言下では休業を余儀なくされてしまう。コロナ禍でも家庭でできる運動をと、スタジオで録画したエクササイズなどの動画配信をスタートした。それまで通っていた人たちとのつながりが途絶えないようにするためだった。その後、再開してほしいとのリクエストを受けて、少しずつ個人レッスンなどを請け負うようになった。お手製のビニールパーテーションを置いたり、空気清浄機を購入したりするなど、感染対策をしつつ、レッスンを続けている。現在、受講生は50代を中心に25人ほど。自身が主宰するフラメンコ教室FERIAの発表会を6月に控え、その準備に追われている。

(左)発表会でレッスン生たちと記念撮影。(右)6月3日、4年ぶりの発表会開催を予定している

 

フラメンコをモチーフにして、体にいいことを伝えていきたい、年を重ねても元気で生き生きと人生を楽しむ人を増やしたい、そんなコンセプトを掲げ、2022年北区主催のビジネスプランコンテストに出場し、ファイナリスト賞を受賞した。

2022年12月に開催された北区ビジネスプランコンテスト受賞式

 

本場のフラメンコは、激しいものもあれば日常的に誰でも楽しめるものまで幅広い。「日本ではハードルが高いと思われているフラメンコの敷居を低くして、誰もが楽しく続けられる、また健康づくりに役立つフラメンコをやっていきたいと思っています。妊娠、出産、育児で続けられない時期があったからこそ、その思いが今につながったんですね」

 

★カルチャースペースμ・フラメンコ教室FERIA
〒114-0032 東京都北区中十条3-36-16 ソシアルシティ中十条ビル2F
☏090-3909-9471
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[ライタープロフィール]

伊藤ひろみ

ライター・編集者。出版社での編集者勤務を経てフリーに。航空会社の機内誌、フリーペーパーなどに紀行文やエッセイを寄稿。2019年、『マルタ 地中海楽園ガイド』(彩流社刊)を上梓した。インタビュー取材も得意とし、幅広く執筆活動を行っている。立教大学大学院文学研究科修士課程修了。日本旅行作家協会会員。近刊に『釜山 今と昔を歩く旅』(新幹社)。

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