耳にコバン 〜邦ロック編〜 最終回

最終回 「では、また」

コバン・ミヤガワ

始まった当初は、最終回のことなんて考えてもいなかったけれど、2、3年やっているうちに頭の片隅に「最終回はいつ?」とか「この連載はどう終わろうか」なんて言葉が浮かぶようになっていた。
答えなんてないまま、怠惰なボクだから、ツラツラというか、ズルズルあれこれ書いているうちに、気がつけば5年目に突入していたのです。

しかし! いよいよこの連載も最終回!!!

「最終回はあれを書こう」という企画がいくつかあったけれど、11月にとあるバンドの、とある曲が発表されたのです。何の巡り合わせか、これを書かずしてこの連載を終えることができようか!  11月2日、ビートルズが「ナウ・アンド・ゼン(Now And Then)」をリリースした。
あの「ビートルズ」である。あの!!!

「ビートルズが新曲を出した」

まさかそんな日に立ち会えることができるなんて! なんか、伝説を目の当たりにしているというか、生きてて良かったって感じがいたします。

まさしく最終回にふさわしい。今回は、ブリットポップ編、邦ロック編と続いた「耳にコバン〜ちょっとためになるボク的ロックンロール通信〜」をビートルズの「Now And Then」の深掘りで締めくくりたい。

「なんでビートルズが新曲?」「とっくに解散したじゃないか」とお思いの方もいらっしゃるでしょう。
その通り。確かにビートルズは、1960年から1970年まで活動していたイギリスのバンドだ。誰もが知っているビートルズの活動期間って実はたった「10年」なんですよ。10年で世界の音楽を永遠に変えてしまったんです。
解散後は、4人がそれぞれの活動をしていくことになる。まぁ、4人が皆天才なわけで、各々の活動でも名曲は数知れず。
そんな中、1980年12月8日、ジョン・レノンがニューヨークの自宅前で射殺され、40歳の若さでこの世を去る。

そして1995年「アンソロジー・プロジェクト」という企画が始まるわけです。
詳しい説明は割愛するが、この企画の一環でビートルズの活動中に「ボツになった曲」や「デモ音源だけ録った曲」を改めて曲にすることになる。そうして出来上がったのが『ザ・ビートルズ・アンソロジー(The Beatles Anthology)』という3枚のアルバムだ。

一枚目の『ザ・ビートルズ・アンソロジー1』には「フリー・アズ・ア・バード(Free as a Bird)」が。二枚目の『ザ・ビートルズ・アンソロジー2』には「リアル・ラヴ(Real Love)」という曲がそれぞれ新曲として発表されました。

そして三枚目の『ザ・ビートルズ・アンソロジー3』に収録されるはずだった新曲こそが「ナウ・アンド・ゼン(Now And Then)」なのです!!!

「はずだった」んです。実際には収録されていないんです。録音したテープがあまりに酷い状態で、雑音がひどすぎて、曲にすることができなかったのだ。

そんな「ナウ・アンド・ゼン(Now And Then)」を現代の最新技術でノイズを除去し、どうしても復元不可能な部分をAI技術で補完することに成功し、「ビートルズ最後の新曲」としてとうとう今月発表されたわけです。ありがとう最新技術!

不思議な感覚である。まるで「時を越えて」ビートルズの4人が集まって、曲を作ってくれたみたいだ。

曲もまた、なんだか不思議な感じで、少し物悲しい雰囲気である。
ジョンの声は若い。一方ポールの声は歳を取っている。その二人がハモっていたり、過去の楽曲からのサンプリング、2001年に亡くなったジョージ・ハリスンのプレーににせたギターなど、なかなか聴いていて飽きない曲である。

この曲を聴いて、思ったことは「ビートルズの永遠性」と「一つの時代の締めくくり」だった。

音楽って、いろんな形で価値を見出し、その限りある「永遠」をたゆたう存在だと思うんです。

クラシックはわかりやすい。何百年も前の音楽が、未だに親しまれているのは「楽譜」というものに価値があり、技法というものに価値があるからだ。そこに永遠性を見出している。何枚もコピーされた楽譜には、偉大な作曲家たちの「永遠」が吹き込まれている。だからこそ楽譜には忠実である必要がある。古典的であるがゆえに、その「永遠性」は高いと言える。この先もそうだろう。

その後、蓄音機、レコードの登場でその価値は「モノ」から「ヒト」へとシフトする。
解散しても、再結成するバンドはたくさんいるし、生涯現役を貫くバンドもいる。つい先月新曲をリリースしたローリング・ストーンズだってビートルズと1962年から今まで現役でロックしているわけだ。そこに価値を見出すこともある。

しかし、ビートルズってまた違う「永遠性」がある。

ビートルズってボクたちの「アイドル」なんだ。

計り知れない底がビートルズの「永遠性」を保ってきた。ビートルズに影響を受けていないポピュラー音楽なんてない。未だに影響を与え続け、楽しませ続けている。ボクなんかが生まれるずっと前に解散していて、ジョン・レノンはとっくに亡くなっているのに。
それは「眩いばかりの10年間」と「ジョン・レノンの早すぎる死」によって揺るぎないものになった。

そんな中、今回の新曲はボクたちに突きつけられた「永遠の終わり」なのである。

そして「これから何に価値を見出して音楽を聴いていけばいいのか」とも思ったわけです。

ビートルズはずっと「新しい」存在だった。

録音技術が発明されて以降、手軽に音楽を楽しめるようになった。世界でビートルズが一躍有名になれたのは「レコードがあったから」に他ならない。
ライブをしなくなって、マルチトラックレコーディングによって繊細に重なり合う美しい音楽を世に発表し続けた。
「ザ・ビートルズ・アンソロジー」では、過去と現在を繋いだ。
そして「ナウ・アンド・ゼン」では、AIによってジョンの声を作り出した。過去と現在、存在しないものまで繋いだのだ。
AI技術は今日めざましい発展を遂げている。サウンドは言わずもがな、歌声や歌の上手さまでも、テクノロジーによってどうにでもなってしまう世の中になってしまったのだ。

これから何に価値を見出して音楽を楽しむのか。「ナウ・アンド・ゼン」は、これまでビートルズが作り上げ、ある種「当たり前」だった音楽に自ら終止符を打った作品なのではないだろうか。

ただの「ビートルズの新曲」と思って聴いちゃいけない気がいたします。ものすごい皮肉というかアンチテーゼめいた曲である。

まぁ、これだけ小賢しいことをグチグチ書きましたが、いい経験でした!
60年代の人達はこんな感じで楽しんでいたんだなぁとか、ビートルズの新曲はワクワクしただろうなぁとか、そんなことを考えて感慨深い気持ちでした。

この連載の締めくくりには最高だったのではないでしょうか。

最後になりますが、これまで読んでくださった皆様、支えてくれた友人、家族、連載する機会を与えてくださった彩流社の皆様に感謝申し上げます。
足掛け5年、いつの間に経っていたんだとびっくりしております。いやー、尽きないもんですね!!! 無理やりひねり出した時もありましたが(笑)

最後にかっこいい締めくくりでも考えられたらいいのだけれど、思い浮かびません。
フッと笑って、ちょっと「なるほど」と思って、音楽を聴いて、明日になったらすっかり忘れている。そうして頂けたらうれしく思います。

では、また。

 

[ライタープロフィール]

コバン・ミヤガワ

1995年宮崎県生まれ。大学卒業後、イラストレーターとして活動中。趣味は音楽、映画、写真。
Twitter: @koban_miyagawa
HP: https://www.koban-miyagawa.com/

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