耳にコバン ~邦ロック編~ 第35回 拝啓、ジョン・レノン

第35回 拝啓、ジョン・レノン

「ジョン・レノン」という名前は、なぜか知っていた。

いつ、どうやって知ったのかは分からない。気がついた頃には、ジョン・レノンという名前は覚えていた。語呂が覚え易くていい。名前が似ているという理由で、ついでにジャン・レノも覚えるまでがセットである。「ロン毛、丸メガネ」がジョン。「坊主、丸サングラス」がジャンである。
彼の歌声は、ラジオから、テレビから自ずと耳に入ってくる。ふと気がつくと憶えている。ふと気がつくと口ずさんでいる。ボクが生まれるずっと前に亡くなっているのに、まだどこかで音楽をしている気がする。それくらい「ビートルズ」と「ジョン・レノン」は日常に浸透しているんだ。

今これを書いている10月9日は、ジョン・レノンの誕生日。
もしも彼が生まれていなかったら、もしもリヴァプールでビートルズが生まれていなかったら。この世界は随分と色彩のない世界で、日常の何気ない風景が輝き出すことはなかっただろう。

もしも、彼がまだ生きていたらと考える。
あれだけ自由と平和を歌った彼は、この世界をどんな風に見るんだろう。この世界は、丸メガネ越しにどんな風に映るのだろう。
この世界を見て、どんな曲を作るんだろう。彼が歌い続けていたら、もう少しマシに、平和な世界になったんだろうか。そんな事を考える。

「拝啓、ジョン・レノン」という曲を知ったのは、もっとずっと後だった。真心ブラザーズとの出会いだった。

真心ブラザーズは1989年にデビューした、ボーカルのYO-KINGとギターの桜井秀俊からなる2ピースバンドである。しゃがれた声で、気だるそうに、でも底抜けに楽しそうに歌うYO-KINGにボクはハマったのだった。
「拝啓、ジョン・レノン」は真心ブラザーズ14枚目のシングルとして1996年にリリースされた。

「拝啓」とあるように、この曲は、まさしくジョン・レノンへの手紙である。
歌詞を見てみる。

拝啓、ジョン・レノン
あなたがこの世から去りずいぶん経ちますが
まだまだ世界は暴力にあふれ 平和ではありません
僕があなたを知ったときは
ブルース・リーとおなじように この世にあなたはいませんでしたね
十代中頃でファンになってから 一番かぶれていた二十歳の頃
ジョン・レノン あのダサいおじさん
ジョン・レノン バカな平和主義者
ジョン・レノン 現実見てない人
ジョン・レノン あの夢想家だ
ジョン・レノン 今聴く気がしないとか言ってた三、四年前
ビートルズを聴かないことで何か新しいものを探そうとした
そして今ナツメロのように 聴くあなたの声はとても優しい
スピーカーのなか居るような あなたの声はとても優しい

どうでしょう。まさに「お手紙」といった歌詞ですよね。こう文字に起こすと、ますます手紙である。ジョン・レノンとの出会いを綴った序盤。しかし中盤「ダサいおじさん」とか「現実見てない人」とか急に罵り始める。それでいて「あなたの声はとても優しい」と続く。

どうしちゃったのYO-KING! 好きなのか嫌いなのかどっちなんだい!

まあ、これが物議を醸すわけです。ジョン・レノンを冒涜しているとして批判されるわけです。たしかにこれだけ悪口を言えば、問題になるのも不思議はない。放送禁止になるラジオやテレビもあったとか。
ボクも初めて聴いたときはものすごく不思議だった。

どうしてそんな悪口を歌ってしまったのか。
この件に関してYO-KINGは次のように語っている。

「聖人君子みたいなジョン・レノンのお化粧を取っていったら『この人の声好きだな』とか、そういうところに落ち着いた曲」

これを知ってボクは何故か妙に深く納得した。それからますますこの曲が好きになったのだ。

ここからはボク的解釈だが、所詮ボクたちはジョン・レノンのことなんて知らないんです。
「愛と平和」を歌ったジョン・レノンがどんな人間だったのかなんて知らないんだ。
海の水をコップ一杯すくったところで、海のことを全て理解できるわけはない。どれだけ彼の音楽を聴いて、語ったところでそれはジョン・レノンの一部に過ぎない。世間が貼ったレッテルに過ぎない。
「天才」だとか「世界を変えられる人」と祀り上げても、本当の彼をボクたちは知らない。
レッテルを取り去った彼に残ったものは何か。

「どこが好きか」と聞かれる。
「声が好きだ」と答える。
小難しいことなどほっておこう。それくらいシンプルでいいじゃないか。これ以上純粋なものはないのだ。

歌詞は次のように続く。

拝啓、ジョン・レノン
僕もあなたも大して変わりはしない
そんな気持ちであなたを見ていたい
どんな人でも僕と大差はないのさ
拝啓、ジョン・レノン
そんな気持ちで世界を見ていたい
雨も雲も太陽も時間も 目一杯感じながら僕は進む

これは「あんたは大した人間じゃない」と蔑んでいるわけではない。「人間の平等」を歌っているのだ。
だってジョン・レノン本人もそう歌っているじゃないか。「Imagine」の中でも歌っている。「世界を分かち合おう」と「世界は一つになれる」と。

「ちゃんと届いているよ」というYO-KINGなりのアンサーなのだ。

ずっと音楽を好きでいると、どうしてもロジカルに考えてしまう。「ここがいい」とか「歴史はどうこう」と気にしてしまう。緊張感を持って聴いてしまう。

もっと楽に聴いていい。シンプルな理由で「好きだ」と胸を張って言っていい。

正した襟を崩してくれる。真心ブラザーズには、そんな魅力がある。

 

[ライタープロフィール]

コバン・ミヤガワ

1995年宮崎県生まれ。大学卒業後、イラストレーターとして活動中。趣味は音楽、映画、写真。
Twitter: @koban_miyagawa
HP: https://www.koban-miyagawa.com/

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