ネットと表現 その2/3
山本有紀
「裁判の公開」という言葉を聞かれたことがあるでしょうか。
いよいよ改正かとも思われる憲法に、根拠規定が定められています(憲法82条1項、裁判の対審及び判決は、公開法廷でこれを行ふ)。
裁判の公開の目的は、「裁判を一般に公開して裁判が公正に行われることを制度として保障し、ひいては裁判に対する国民の信頼を確保しようとする」ことにあると裁判所は言います(最高裁大法廷平成元年3月8日判決民衆43巻2号89頁)。
確かに、密室の法廷で裁かれるとなると、裁判官が一方当事者の肩を持ったり、一方が他方を脅しているのを無視したりして不公平な裁判が行われたとしても、それが闇に葬られてしまって怖いですね。
この目的を反対側から見ると、憲法82条1項のもとに、裁判の内容が、裁判の当事者ではないたくさんの人に広く広められることまでを憲法は予定しているものではないともいえます。
⁂ ⁂ ⁂
裁判に関してその公開を確保する定めは、上記でご紹介した裁判の方法についてだけでなく、裁判に提出された書類、いわゆる訴訟記録についても存在します。
刑事事件であれば、刑事訴訟法53条1項がその根拠です。民事事件では民事訴訟法91条1項が、「何人も、裁判所書記官に対し、訴訟記録の閲覧を請求することができる。」と定めています。
ところで、訴状(民事事件において原告が提出する、被告に対して裁判で請求する内容を記載した書類)には、原告被告のフルネームや住所が書かれています。
訴状や答弁書(訴状に対して作成される、被告の言い分が記載された書面)を確認すれば、当事者双方の懐具合や、人には隠しておきたい秘密が書かれていることも決して少なくはありません(ちなみに、フルネーム・住所は特定の個人を識別できる情報なので「個人情報」、懐具合は個人情報ではなく、個人や家庭内の私事、私生活、個人の秘密扱いを意味する「プライバシー」にあたるとのこと)。
公平な裁判を実現するために、裁判の公開という憲法上の原則が定められている一方で、個人情報やプライバシーを守ることへの配慮も当然必要になってきます。
そこで、複数の裁判例は、裁判の当事者であることがみだりに公開されないことを、法的保護に値する利益と評価しています。
例えば、東京地裁(平成17年3月14日判例タイムズ1179号149頁)は、裁判の公開の制度により訴訟記録や対審が原則として公開されることの趣旨は、訴訟手続の公正を担保することにあり、国民に当該訴訟の内容を周知させることにあるものではないと明確にしていますし、名古屋高裁は、Aが、Bらは、とある訴訟の当事者であるという情報を情報誌に書き、2700世帯ある岐阜県某町の新聞購読全世帯に、折込み広告の形で配布したという事案において、「(Bらが)別件訴訟の原告であるとの情報は不特定多数の者による傍聴や訴訟記録の閲覧等により知り得るので,秘匿性の程度は高度とはいえない側面があるが,それは知ろうとする手段を行使する者との関係であり,そのような手段を利用する意思のない一般の町民に対して」「内容的にも,被控訴人ら(Bら)の信条等の内面に関わるなどしており,その結果,被控訴人らの私生活の平穏が害されたこと等の事情をふまえ」ると……と判示して、プライバシー侵害を訴えるBら被控訴人に対して、Aである控訴人はそれぞれ5〜15万円の慰謝料を支払うよう命じました(名古屋高裁平成23年3月17日)。
この裁判例をふまえますと、裁判の当事者でもない多数人が見ることのできるインターネット上に裁判の記録をアップすることについても同様で、相手方に対するプライバシー侵害の問題、ひいてはそのこと自体に対して損害賠償請求がなされるリスクが生じるでしょう。ご自身が訴訟当事者であってもこの点は変わりませんからご注意ください。
⁂ ⁂ ⁂
ところで、第三者が民事事件の訴訟記録を閲覧する際は、閲覧のための申請書を裁判所に提出し、本人確認ができる証明書を示すことが必要です。
図書館で本を見るように、見たい記録を手に取って自由に見られるというものではなく、事件番号や当事者名を明らかにして、閲覧したい事件を特定する必要があります。少額ですが、手数料もかかります。
すなわち、訴訟記録は確かに公開されているものの、その記録に辿り着くまでには、情報も手続も必要になるということです。
[ライタープロフィール]
山本有紀
1989年大阪府生まれ。京都大学卒業。
大学時代は学園祭スタッフとして立て看板を描く等していた。
神奈川県藤沢市で弁護士として働く。
宝塚歌劇が好き。