湘南 BENGOSHI 雪風録 第30回

「先日逮捕された(あらゆる)Aさんについて」

山本 有紀

 

「藤沢北署は、○日、窃盗の疑いで、自称会社員の男(42)=藤沢市〇〇=を逮捕した。」という一文が新聞の地域面に小さく掲載されました。

自称会社員の男Aさんの前日の様子を見てみます。

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Aさんは朝方、家に警察が来て逮捕されました。逮捕状を見せられ、手錠をかけられます。

警察から弁護人を頼むことができると言われました。でもAさんは弁護人を頼みませんでした。逮捕状に書かれている内容に心当たりがなかったので、自分で警察に事情を話せばわかってくれるだろうと思ったのです。

Aさんはそのまま藤沢北警察署に連れて行かれました。ついこの前、Aさんが免許の更新に来た警察署です。

警察に話を聞かれます。身に覚えがないので、Aさんは、はっきり自分はやっていないと答えます。ただ、この店はよく利用していただろうといわれます。それはその通りなので、促されて警察に色々と話をします。夜になっても家に帰れません。その日は3人部屋で寝ることになりました。

翌日も朝から警察で話を聞かれました。3日目にAさんは大きな警察の車に乗せられて、他の人たちと一緒に検察庁へ連れて行かれます。

検察では長い待ち時間の後、今度は検察官に話を聞かれます。そうしているうちに、裁判所へ移動することになりました。

小さい部屋に通されると、まだ若い裁判官が待っていました。なぜか家族構成を聞かれます。独身。家は賃貸かどうかも聞かれました。賃貸。仕事は何ですかと聞かれたので、今度転職をするので有休を消化中だと伝えました。

Aさんは「勾留」されることになり、また車で藤沢警察に戻されました。勾留は10日間とのことです。

翌日、弁護士が来ました。弁護士からは警察に聞かれたこと、検察に聞かれたことを尋ねられました。

Aさんは、警察や検察から聞かれていることを答え、自分は正直に話していると言いました。でも弁護士からは、検察や警察には事件のことを、いや事件以外のことも何も話さないようにいわれます。勾留は10日間と聞いていましたが、さらに最長で10日間延長される可能性もあるともいわれました。

そんなに長い間ここにいたら、転職先の入社日がきてしまいます。

弁護士と話して自分の状況が改めてとても悪いものに思え、不安と不満が心の中を渦巻きます。

警察や検察に何も話さないことを、カンモク(完全黙秘)というようですが、人から聞かれたことにわざと答えないというようなことは、Aさんにはこれまで経験がありません。弁護士は簡単に言いますが、Aさんにはカンモクがとても苦痛です。

結局、疑われている事件のこと以外の雑談には応じていますし、それを弁護人には伝えていません。

検察庁の取調べでは、店の前の駐車場でタバコを吸う自分が写った写真を見せられます。防犯カメラに記録されていたとのことですが、なぜか動画ではなくて写真になっています。

弁護人からは、起訴されれば99%が有罪になるといわれました。

勾留の最終日に起訴か不起訴かが決まる。不起訴になれば外に出られますが、起訴されればこのまま刑事裁判になります。そこで弁護人は言います。刑事裁判では99%有罪になる。まず不起訴を目指しましょう。

なるほど不起訴を目指さないといけないことはわかった。でも検察に自分がやっていないことを説明するのもいけないのか? ちゃんと事情を話したほうがいいのではないか。弁護人から説明を受けたけれども腑に落ちない。

弁護人は、検察が持っているような資料は何も持っていなくて、正直Aさんは弁護士を自分の味方として心許なく思います。

やってもいない事件で起訴はされないはずだとAさんは自分に言い聞かせますが、夜になるとだんだん不安に苛まれます。

結局Aさんは逮捕勾留を経て起訴され、起訴後もそのまま藤沢警察で日々を過ごすことになりました。

検察官から証拠が開示されたことによって、弁護人が証拠を見ることができたのは、起訴されてから1ヶ月近く経った後でした。

裁判でAさんは有罪になりました。刑罰としては執行猶予だったので、判決後はようやく外で生活ができることになりました。しかし転職先の入社日はとうの昔に過ぎてしまい、Aさんは無職になってしまいました。

Aさんは高裁で無罪を争うことを考えています。でも、また裁判で争う元気とお金はあるのか、それより先に仕事を探さなくては、と今後をどうするか決めきれずにいます。

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3月13日、袴田事件の再審が決定されました。

袴田さんは勾留中の長い取調べの中で、警察の筋書きを追認する形で罪を一度認めてしまいました。でもきっと裁判で真実が明らかにされると思っていたそうです。しかし袴田さんの思いとは大きく外れて、逮捕から57年の月日が経ちました。

再審は無罪を訴える者のためにあります。今回の再審を開始することの決定は、司法がこの事件にすでに結論を出しているように思えます。本件ははっきり冤罪だと。

それを明らかにさせないものは何か? 検察の特別抗告(※1)はなされるべきでなく、また、定めが不十分なままになっている再審についての法改正がなされることが急務であると考えます。

 

※1
高等裁判所がした再審開始の決定について不服のある場合、検察は、憲法違反または判例違反を理由として決定から5日間は最高裁判所に特別に抗告をすることができる(決定に対して不服を申し立て、その内容を争うことができる)と刑事訴訟法は定めています。

 

 

[ライタープロフィール]

山本有紀

1989年大阪府生まれ。京都大学卒業。
大学時代は学園祭スタッフとして立て看板を描く等していた。
神奈川県藤沢市で弁護士として働く。
宝塚歌劇が好き。

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