湘南 BENGOSHI 雪風録 第33回

山本有紀

 

第30回(第30回!)では、逮捕後警察署で勾留されているAさんが、弁護士には完全黙秘を勧められたものの、取り調べ中の雑談に応じてしまっている様子、そのことを弁護士には伝えていない様子を書きました。

なぜAさんは弁護士に話さなかったのか?

弁護士に怒られるかもという気持ちが一つにはあったかもしれません。しかしAさんはもう成人で、弁護士が何か筋の通らない怒り方をするなら異議を唱えれば良いわけです──

何よりAさんは、雑談に応じていることが自分に不利なことであると内心認識しているからこそ、それを弁護士に伝えたくなかったのではないでしょうか。

 

⁂ ⁂ ⁂

 

ところで、労働者を雇っている事業主は、たとえその労働者がアルバイトでも、労災保険に加入しなくてはなりません。労災保険は、その労働者が業務上の事由又は通勤によって負傷したり、病気にかかったり死亡してしまった場合に、労働者や遺族を保護するための保険です。労災保険により補償される場面の具体例を挙げると、病気や怪我で4日以上休業し賃金が支払われないときに、賃金の約8割程度の給付を受ける休業補償給付等があります。労災事故の中では、業務中や通勤途中での転倒が多く、無理な動作や転落などがそれに続きます。最近では、業務上での新型コロナウイルス感染により労災保険に基づく給付を受ける方が増えています。

 

⁂ ⁂ ⁂

 

しかし、転倒等とは違って、業務上の事由によるものか否かが簡単には判断できないのが、職場のパワーハラスメントやセクシュアルハラスメントを契機として精神疾患(うつ病、適応障害等)を発症した場合です。

まず、パワーハラスメントないしセクシュアルハラスメントに当たる出来事があったという労働基準監督署(労災にあたるかどうかを判断するのは労働基準監督署(長)です)の認定を得ることにハードルがあります。

労基署は、労災申請をした本人に、どんなハラスメントがあったかを聞きます。そして、ハラスメントの行為者として本人が挙げている相手にも聴き取りを進めます。

労基署は、他の同僚へも聴き取りを進めることがありますが、同僚が協力してくれないとき、同僚がいないとき、ハラスメントがあったと言っているのは本人だけになってしまうことがあります。このとき、本人のカルテを見て「本人の話の信憑性を確認する」、と労基署の職員さんが話すのを聞いたことがあります。

 

⁂ ⁂ ⁂

 

ハラスメントをした側が素直にやりましたと言うなら世話ないねん……今時ハラスメントは懲戒事由として就業規則に記載されていることが多いです。自分に不利だと思うことを言わないのは、その善悪を別にして非常によくある(よくありすぎる)心の動きです。さらに、ハラスメントをしてしまう人は、ハラスメントしてやろ! という気持ち自体認識していない方が多いように思います。

他方で、本人のカルテ。ろくにハラスメントの話をしていないことが多い! もっと話しといて! と思わないことが全くないとは言えません。

でもここで大きく違うのは、本人にとって有利なことを話していないということです。仕事が原因ではない辛さ(家族の重い病気や、天災で家を失い、さらに金銭的にも大きなマイナスを被ったなど)を積極的にドクターに話している場合はまだしも、特に話をしていないとき。ドクターが忙しく、患者さんとしての本人が詳しく話をできていないという場面は自然に考えられることです。

こういった場合に労基署が「本人の話の信憑性」が「ある」との認定をためらうことへの危惧が私にはあります。

もっともこの弊害をクリアするために、では労働者は全てを録音するのか? それもまた労働環境において不健康な状態であると思います。

 

 

[ライタープロフィール]

山本有紀

1989年大阪府生まれ。京都大学卒業。
大学時代は学園祭スタッフとして立て看板を描く等していた。
神奈川県藤沢市で弁護士として働く。
宝塚歌劇が好き。

タイトルとURLをコピーしました