取材・文 伊藤ひろみ
写真提供 フルールクレール
結婚、出産、転勤、転職、さらに離婚、再婚……。さまざまな人生の転機に、生き方や活躍の場を模索する人たちは多い。しかし、自身で新しくビジネスを立ち上げるのは、容易なことではない。近年、自らの夢を叶えるべく起業した女性たちを取材。明るく前向きに努力を続ける姿は、コロナ禍における希望の光でもある。彼女たちの生の声を聞き、その仕事ぶりや日常に迫る。
コンプレックスを乗り越え、武器へと変えた
小顔矯正サロン フルールクレール
田中恵美子さん
きれいになりたい──古今東西、すべての女性たちの切なる願い。田中恵美子さん(42)はこの願望と自身の経験をビジネスに変えた。
小顔エステに足を運んだのは、大学生のころ。大きな顔がコンプレックスだった。少しでも顔を小さくしたい、かわいく見せたい、そんな思いからだった。「私も小顔になれるだろうか」と半信半疑だったが、思い切ってやってみて、「本当に変われる」ことを実感。その衝撃は大きかった。以来、サロン通いの日々が続く。フェイシャルはもちろん、ボディにも広げ磨きをかける。当時、アルバイトで得た収入をすべてつぎ込むほど、エステにはまってしまう。手をかければ、かけるだけ美しくなれる。何より、自分に自信が持てる。費やした時間と費用に余りあるものを得られる、それがうれしかった。さらに、受ける立場にとどまらず、施術する側にも挑戦するようになる。サロンで併設されている教室などで、その技術を学んだ。
美容サロンへ傾倒しつつも、このころはあくまでプライベートにおける自分磨き。社会人として、広告代理店で働き、主に広告の制作に携わった。30代に入り、会社員として仕事を続けることに不安やきつさも感じ始めていた。いつかどこかで変わりたい、そう思いながら。

自称美容おたくの田中さん。サロンを渡り歩いた経験がビジネスにつながった。
そんな折。友人に誘われ、東日本大震災後の震災ボランティアとして石巻や南相馬へ出向くことになった。仮設住宅で暮らす女性たちのフェイシャルケアを担当した。避難生活を余技なくされた人たちに直接向き合い、手を動かした。みな気持ちよさそうにし、そして何度も「ありがとう」と言ってくれた。自分の手で人を癒せること、いくつになっても女性たちはきれいでありたいと願っていることに、大きな衝撃と感銘を受けた。エステは、あくまで趣味としてやってきたことに過ぎなかったのに、それが誰かを笑顔にすることができる、役に立っている、そう感じた瞬間だった。目の前にいるのは、震災で多くを失った人たち。家族も、家屋も、仕事も……。そんな彼女らを前にして、改めて思った。自分はなくすものなど何もないのに、何をウジウジしているのだろう、と。
この経験が田中さんの背中を押した。開業に向けての準備を本格化。さらに技術を磨き、資金も貯めた。そして、会社も辞めた。
2014年1月、小顔矯正サロン「フルールクレール」が誕生した。フルールクレールとは、明るく光り輝く花という意味のフランス語。女性の笑顔を増やすことで、社会全体を明るくしたい、そんな願いを込め、この名前を選んだ。
まずはワンルームマンションを借り、小規模サロンとして開業した。当初来店してくれたのは、友人、知人、かつての仕事仲間など顔見知りの人たちがほとんど。3〜4か月後くらいからはブログなどネットで情報を得た人たちが、ぽつぽつ訪れるようになった。顧客への対応は、じっくり彼女たちの悩みや希望に耳を傾けることから。その上でメニューの提案をする。実際に手を動かすのは、その後だ。慣れないうちは、カウンセリングから施術を終えるまで、トータルで一人3時間以上かかることも珍しくなかったという。彼女らの悩みに真摯に向き合うことの大切さは、サロンを渡り歩いた自分自身の経験からも痛感したこと。そして、「本当に変われる」への希望につなげていく。before/after の違いを実感してもらえるように、磨きをかけ、その魅力を引き出す。

施術室にて。コロナの感染対策を講じながら、ひとりひとりに向き合う。
あくまでもこの手がすべて。機械の力は借りず、その中でどれだけ変われるかが勝負だ。彼女らを納得させられる技術の高さはもちろん、ひとりひとりの悩みを聞き出し、リラックスさせられるコミュニケーション力、サロンとしての提案力がカギだと語る田中さん。フルールクレールのリピーター率は100%に近いと自信を持つ。
3年前、現在の駒込のサロンに移った。施術室2室を準備し、一緒に働くスタッフも置くようになった。経営者として、人を育てることや動かすことの難しさを日々感じているという。「責任も重いし、思い通りにいかないことばかり」と悩みはつきない。それでも、ビジネスを存続し、さらに拡大させるために、避けて通れない道だと納得の上での選択である。

明るく落ち着いた雰囲気づくりを心かげている。 フルールを意味する花もポイント。
自宅もサロン近くに越した。公私ともに、どっぷり浸かった駒込エリアで、新しくコミュニティビジネスも手掛けるようになった。ビールで地域を盛り上げるという取り組みである。すでに、地ビールも製造販売するなど、こちらも本格稼働している。
あらゆるサロンを研究しつくしたという美容オタクの田中さん。自身の弱みを、ビジネスへとつなげた。あれから7年7か月。女性たちのつきない悩みに、応え続けている。

美容と健康に関する講座のほか、起業家として後輩女性たちへのサポートも積極的に行っている。
〒170−0003 東京都豊島区駒込1−43−13 安藤ビル1001
050−3395−2690
[ライタープロフィール]
伊藤ひろみ
ライター・編集者。出版社での編集者勤務を経てフリーに。航空会社の機内誌、フリーペーパーなどに紀行文やエッセイを寄稿。2019年、『マルタ 地中海楽園ガイド』(彩流社刊)を上梓した。インタビュー取材も得意とし、幅広く執筆活動を行っている。立教大学大学院文学研究科修士課程修了。日本旅行作家協会会員。