第12回 日常」
コバン・ミヤガワ
心にずっと残っているものは、案外なんでもない記憶だったりする。
大学生の頃、ゼミの研修でアメリカに行ったことがある。
フィラデルフィア、ワシントンD.C. 、ニューヨーク、ミシシッピなどを数週間かけて旅した。
有名な観光地に行き、映画や写真で見たことある場所も実際に見た。
フィラデルフィアでどでかいステーキを食べてみたり、スミソニアン博物館に行ってみたり。タイムズスクエアのど真ん中で写真を撮ってみたり、セントラルパークで、露店で買ったホットドッグを食べてみたり。
アメリカという国をこの肌で体感したように思う。
でも「旅で一番心に残っているものは?」と聞かれて思い浮かべるのは、そんな風景ではない。
それはミシシッピを車で移動していた時のこと。
州都のジャクソンから、ハイウェイに乗っていた。ゼミのリサーチのため、ミシシッピ州北西部の「デルタ地帯」と呼ばれる地域へ向かっていた。ニューヨークやフィラデルフィアなんかと比べれば、田舎も田舎である。
しばらくは両脇に木が生い茂り、クネクネとした勾配のある道が続いた。
車内はやっぱり眠くなる。少しウトウトしかけていた時、ボクは一生忘れないであろう風景に出会う。
突然、それまでの木々や勾配が一切なくなり、パーッと視界が開けたのだ。ボクは一気に目がさめた。
道路はひたすら真っ直ぐに伸び、周りは見渡す限りの綿畑。遠くを見ても山すら見えない。
日本で、あんな風景を見ることはできない。
あの時の感情を表現するのは難しい。
「あぁ、ボクはアメリカにいるんだ」。改めてそう思った。もちろん、ニューヨークもすごかった。しかし、どんなに煌びやかで有名なタイムズスクエアより、遥かに美しい光景だった。
心に残ったのは、その風景が観光地でもなんでもなく、あくまでもそこに住む人々の「日常」の風景だったからかもしれない。
特別なものなど何もなく、ただ畑がどこまでも広がり、そこに生活がある。その日々に感動したのだ。
アメリカで出会ったあの風景は、いまだに鮮明に心に刻まれている。
どこまでも続く畑、マンホールから立ちのぼる蒸気、薄暗い路地裏、横断歩道を渡る親子。
アメリカ旅行の記憶で繰り返し思い出すのは、なんてことはない、そんな「日常」の風景ばかりだ。
さて、今月はそんな「日常」を美しく表現するバンドを紹介したい。
サニーデイ・サービスというバンド。
1992年にギター・ボーカルの曽我部恵一を中心に結成された、90年代を代表するロックバンドだ。
ふわりと、少し懐かしく、心がホッとする曲を生み出している。
そんなサニーデイ・サービスはなんといっても、最高の「日常バンド」だと思う。
どこにでもある淡い風景、身近に寄り添う音楽、それが彼ら最大の魅力だ。
聴いたことがない方は「青春狂走曲」から是非聴いていただきたい。
この曲は1996年の『東京』というアルバムに収録されている。青春狂走曲に限らず、このアルバムは一聴の価値がある。それくらいの大名盤だ。
気取らず、優しく暖かなサウンド。しかし、なんといっても歌詞が愛しくてたまらない。
今朝の風はなんだかちょっと
冷たく肌に吹いてくるんだ
ぼんやりした頭がすこししゃんとするんだ
憶えてない夢のせいで心が
何メートルか沈み込むんだ
熱い濃いコーヒーを飲みたいんだ
そっちはどうだい うまくやってるかい
こっちはこうさ どうにもならんよ
今んとこはまあ そんな感じなんだ
夏の朝が僕に呼びかける
「調子はどうだい うまくいってるかい」
気分が良くなって外へ飛び出すんだ
愉快な話どこかにないかい?
そんなふうなこと口にしてみれば
街を歩く足どりも軽くなるから不思議さ
そっちはどうだい うまくやってるかい
こっちはこうさ どうにもならんよ
今んとこはまあ そんな感じなんだ
きみに会ったらどんなふうな話をしよう
そんなこと考えると楽しくなるんです
そっちはどうだい うまくやってるかい
こっちはこうさ どうにもならんよ
今んとこはまあ そんな感じなんだ
なんて素敵な歌詞だろう。
ユルくて、優しくて朗らかな情景が浮かび上がる。それでいて少し切ない。
はっぴいえんどとか、70年代のフォークソングのような世界観。
好きなのはサビ。
そっちはどうだい うまくやってるかい
こっちはこうさ どうにもならんよ
今んとこはまあ そんな感じなんだ
なんとなく過ぎていく毎日、代わりばえのしない日々がすごく愛しくて、キラキラと見えてくるようだ。
毎日つまらないと肩を落とすよりも、なんてことはない日常の一瞬に煌きを見出す。つい見失いそうになるボクらの毎日を、優しく照らしてくれる名曲なのだ。
この日常の描き方がボクは大好きなのだ。
自転車に乗りながら聴くと、すごく気持ちが良さそうだ。ダメだけど。
最近は、サニーデイ・サービスを聴くとしきりに故郷を思い出す。もうしばらく帰れていないからかもしれない。
高校の帰り道、電車の窓から見える緑。小さい頃、母の運転する車の後部座席から見た、山の向こうに沈む夕日。夜、静まりかえり、蛍光灯が薄暗く光る地元の無人駅。
なんでもない日常がしきりに思い出されるのだ。
このお盆も帰ることが叶わなかった。
近いうちに帰れることを祈るばかりだ。
なかなか退屈な毎日が続きます。
そんな日常がちょっと優しく光りだす。
サニーデイ・サービスいかがでしょうか。
[ライタープロフィール]
コバン・ミヤガワ
1995年宮崎県生まれ。大学卒業後、イラストレーターとして活動中。趣味は音楽、映画、写真。
Twitter: @koban_miyagawa
HP: https://www.koban-miyagawa.com/