耳にコバン 〜邦ロック編〜 第7回

第7回 ひっくり返る!

コバン・ミヤガワ

 

傘がひっくり返る。

 

大した雨でも風でもないのに、傘がとにかくひっくり返る。

 

ボクは圧倒的に傘がヘタなのだ。

ヘタどころか、傘に嫌われているとさえ思えてくる。

 

なぜだかよく分からない。

みんなと同じように、いたって普通に傘をさしているつもりでいる。

 

つい先日も、交差点で信号が変わるのを待っていた。信号が青に変わった瞬間、ぴゅうと風が吹いた。

案の定、ボクの傘は風に耐えることができず、ひっくり返る。あわてて元に戻す。

「こりゃあ強い風だ!」などと顔をしかめ、周りを見渡す。しかし誰一人として傘がひっくり返っている人はいない。みんな平然と歩いている。

中には「えっ、この風でひっくり返る!?」という冷ややかな目でボクを見る人もいた。

まったくお恥ずかしい限りである。

 

なぜじゃ、なぜなんじゃ!!

ボクは傘を持つ筋肉の使い方がヘタなのか。傘と風向きの関係が悪いのか。

 

飄々としているが、みんな本当はこれでもかと渾身の力を込め、傘を握り締めているのかもしれない。

みんな本当は顔色を変えないことに必死なんじゃないのか!?

 

あの冷ややかな目でボクを見たあの人も、力んで鼻の穴を膨らませないように必死だったのかも。そう思うとイライラも少しは減りますな。

 

 

ただボクの傘ベタはこれにとどまらない。

時々傘を閉じているのに、突然傘が開き、そのままひっくり返ることがある。

 

いよいよもう意味がわからない……

 

傘の呪いなのか。傘の神様に何か罰当たりなことをしてしまったのか。

 

ボクはただ濡れたくないだけなのに。

「傘をさす」こんなに簡単なことがどうにも難しい。

 

いや、もう傘はひっくり返るものと考えるのが楽かもしれない。

これからも雨が降るたびに、ボクの傘はひっくり返り続けることだろう。

 

ということで今回は「ひっくり返る」がテーマです。

 

ボクが色々音楽を聴いてきて「こりゃあ、ひっくり返った!」という経験はいくらでもあるが、強烈に記憶に残っている1つをご紹介。

 

イースタン・ユース(eastern youth)というバンドがいる。

1988年に北海道で結成された3ピースバンドだ。前回のブラッドサースティ・ブッチャーズと同じ北海道。北海道はいいバンドが多い。

 

このバンドとの出会いは高校生の時。食い入るように音楽の動画を見漁る毎日。ある日たまたまイースタン・ユースのフジロックのライブ映像にたどり着いた。

なんとなーく観てみるかという程度だった。

ステージに立っていたのは、坊主でメガネをかけたおじさん。

 

しかし彼らが演奏を始めた途端にドッヒャー!!! 天変地異が起こったようにひっくり返った。

 

なんだこのバンドは!?!?

もうめちゃくちゃかっこよかった。その時演奏していたのは「荒野に進路を取れ」という曲だった。この曲は2006年の『365歩のブルース』というアルバムに収録されている。

 

 

なんと言ってもイントロ。

一気に魂の全てを解放するかのようなガツンとくるサウンド。まさしくボクの心は、一瞬にして何もない荒野に連れて行かれたのだった。

ボクの心はあのおじさんに鷲掴みにされた。

 

そしてギターの音の厚み!

本当に1本のギターから出ている音なのか!? 3本ぐらい使っていても不思議ではない。

そのくらいに音が分厚い。魂の厚みとでも言おうか。

アツいパッションがギターのサウンドに乗ってボクの心に強く届いたのだった。

 

あのひっくり返った瞬間から、ボクはイースタン・ユースの虜になっている。

 

個人的なイースタンユースの魅力はサウンドの「オトコ臭さ」と「古臭さ」。そして歌詞の持つ「ノスタルジー」にある。

 

坊主でメガネのおじさんこと、フロントマン吉野寿のオトコ臭さと言ったらない。

歌声やシャウト、ギタープレイ1つ1つから命のアツい迸りを感じる。

まさに漢。

 

次に「古臭さ」

これぞまさに前回述べたところの「エモい」とでもいうべきなのであろう。

メロディが良い意味でロックっぽくない。どこか懐かしさを感じる。

この点は、フォークの持つ「叙情性」や「情緒」が曲から漂ってくるからではないだろうか。

あるいはどこか懐かしい「歌謡曲っぽさ」ともいえるのではないだろうか。

 

 

そして歌詞! 歌詞にも日本らしい情景描写やノスタルジーを感じさせてくれる。

少し歌詞を見ていきたい。

イースタンユースの代表的アルバム『旅路ニ季節ガ燃エ落チル』というアルバム。

 

 

この曲の「夏の日の午後」という曲を見ていきたい。

以下、歌詞である。

 

神様
あなたは何でも知っていて
心悪しき人を打ち負かすんだろう
でも真夏の太陽は罪を溶かして
見えないが確かに背中にそれを焼き付ける

蝉時雨と午後の光
まだ生きて果てぬこの身なら
罪も悪も我と共に在りて

俄雨と濡れた舗道
傘持たず走る街の角
追い付けない
追えば逃げる影に

明日を呼べば雲垂れ籠めて
甘い夢を見れば雷光る
濁り河流れ、水面に揺れる
拙い歌はゆっくりと沈みゆく

日暮れる街 風凪ぐ道
灯も遠く誘えども
『振り返るな』
どこかで低い声

月の明かり 縺れる足
酔い痴れて帰る帰り道
感じている永遠に続く闇を

 

この曲のサビの部分。

 

蝉時雨と午後の光
まだ生きて果てぬこの身なら
罪も悪も我と共に在りて

俄雨と濡れた舗道
傘持たず走る街の角
追い付けない
追えば逃げる影に

 

日本らしさ満載じゃないですか?

「蝉時雨」「俄雨」という言葉だけで「夏」だと分かる。

夏の情景が、色鮮やかに目蓋の裏に映し出される。

それはどこの夏でもない「日本の夏」

なんともノスタルジック。

 

この「オトコ臭さ」と「古臭さ」そして歌詞の持つ日本らしいノスタルジックな情景描写。これらが見事なまでにロックと融合している。
これぞ唯一無二のイースタンユースなのだ!!

 

彼らの曲は、みんなの魂の奥の方で燻っている「日本の心」を呼び覚ましてくれるはずだ。

 

 

[ライタープロフィール]

コバン・ミヤガワ

1995年宮崎県生まれ。大学卒業後、イラストレーターとして活動中。趣味は音楽、映画、写真。
Twitter: @koban_miyagawa
HP: https://www.koban-miyagawa.com/

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